一定期間更新がないため広告を表示しています

  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

今日は、フィリピンでの最終週を実りのあるものにするために自分に喝をいれる意味もこめてブログを書きます。
今週末、フィリピンに同じ日に着いたルームメイト達が去って心細さを感じたり、トラブルだらけではあったけど6週間暮らしてきた部屋を離れることを考えたりして、ちょっとした無気力状態に陥りかけています。
しかし、実は今週は僕の研修の価値を何倍にも大きくできる一週間だという事を自覚しています。
今週は、実は3つのNGOに出向きます。
・poor community の調査
・語学学校
・老人ホーム
・poor communityの調査
今週の火曜を除く、月曜から金曜日は(ブログ書いたあと仕事行きます)poor community に物資や金銭的な援助を行ったり、その地区の防災に取り組んでるNGOで、住人の方の家族構成・経済状況(誰がお金を稼いでいて、どれだけ稼いで、食費はいくらか?教育費はいくらか?etc)を調査していくというものです。
NGOからは、質問してほしい事項が決められているのですが、実際に話してみる事でその人たちの雰囲気を調査したり、どういう欲求をもっているのかとか、自分の聞きたいことを聞く事がしたいと思っています。

以前、facebookにも書きましたが、いわゆる発展途上国が、先進国の資本主義を受けて成長している現状に疑問を持っていましたが、フィリピンに来てやはり、この種の成長は格差という形であらわれているなと感じました。
例えば、フィリピン大学のアイセッカーは昼食に超贅沢なレストランに簡単に行っちゃう位やはりお金持ちばかりです。
確かに、制度とかテクノロジーが発展しすぎて、一から発展途上国が自力で発展するっていうのは難しいので、最初は先進国に頼って、一部の層がお金持ちになるのは仕方ないと感じました。
しかし、その後社会的格差が小さくなるにはどうすればいいか、そこが自分の最大の関心に変わってきました。
僕が感じたのは、社会的格差に苦しむ人に、職業訓練や教育の機会がしっかり与えられている社会がフィリピンには必要なのかなと感じました。
このpoor community でも教育や職業訓練について、住人の方やNGOの方に対して聞く事ができたらなと感じています。
そして、何よりうれしい事は、この集めたデータを日本に持ち帰れるという事です。
偶然にも、後期から社会的不平等と経済発展あるいは教育と経済発展についての論文に取り組む機会が与えられているので、
その時に参考になるようなデータを集めたいと感じました。
・語学学校
今週の火曜日にいきます。
これは、先ほども書いた職業訓練や教育といった点に大きく関わりがあります!
この語学学校は、日本人の方が設立された外国人向けの学校です。
主な事業は、フィリピン人を先生に語学学校で授業をしてもらう事とその先生を育てる事です。
この語学学校は、アイセックが与えてくれた仕事ではなく、個人的に探して連絡がとれたNGOです。
ここでは、単に語学学校での職業訓練の場を見ることにとどまらず、設立者にフィリピンでの教育や職業訓練の場がどう提供されていて、なにか社会に影響を与えられているのか、そういった点について聞きたいなと思っています。
・老人ホーム
最後の週に、毎日老人ホームにいけないのはさみしいですが、最後の土曜と日曜はここで過ごそうと思っています。
家族の大切さ、人生の終え方について考える機会、人とのつながりの尊さ
これらを教えてくれた、老人ホームの方々とお別れするのはさみしいです。
僕が今老人ホームで働いている唯一の研修生になってしまったので、日曜日には今まで老人ホームで働いていた人たちからメッセージを集めて寄せ書きみたいなものを作って、持っていこうかなと思っています。
日本に帰る前の一週間、だらだらせずにやりきりたいと思います!
いってきます。

8月が過ぎ、9月を迎え、徐々に「送別」という単語を聞く機会が増えたように感じます。
8月はとにかく、世界各国からやってきた研修生達との交流の中で最初は様子を見ながら、びくびくしながら彼らと仲良くなって、やっとここから楽しもう!と思った9月、夏休みを終え帰国する研修生が目立ちます。
とても寂しいです。
日本国内の別れなら、年に一度位なら頑張って再会できるかもしれないけど、やはりこの人達とは多分、一生会えないだろうなと思うとまるで大げさな表現かもしれませんが死別に面した時の感覚に似ています(笑)

そして、今日僕がフィリピンについてから、ずっと生活をともにしていた中国人のCorrineが帰国しました。彼女は、18歳。年下のくせに、もう一人のルームメイトの眞子と一緒によく僕の事をからかってあそんでいました。彼女らの英語は僕の英語なんかより遥にレベルが高くて、その上僕が何か意見しても、なかなか耳を貸そうとしないし、朝起きるべき時間になってもなかなか起き上がらない。正直、彼女らとの生活を苦しく思って、距離を置こうとする事も度々あったけど、やはり朝食から始まり、仕事、昼食、夕食、睡眠とフィリピンでの生活は彼女らと過ごしたのと同然です。
性格は真反対で、皆が頑固で子供っぽいから、ちょっとの事でも喧嘩から、仕事に対する意見の衝突でもう一生喋らないんじゃないかなっていうレベルの喧嘩もよくしました。けど、生意気な態度に腹をたてた事もしょっちゅうあったけど、それ以上にバカバカしい事で笑いあった事の方が多かったかもしれない。

彼女らと行動すると必ずといっていいほど何かトラブルが起きました。
タクシーで運転手とトラブルになるし、迷子にしょっちゅうなるし、なんか知らない旅行会社から突然電話かかってきたり。

僕たちは日本と中国の話もたくさんしました。
日本と中国の歴史教育の話とか、領土問題がどういう風に報道されているかとか、中国では情報の閲覧が制限されていてFACEBOOKすら自由に使えない事とか、中国の制服はださいだとか(笑)

そうやって、時間を過ごしていくうちに彼女らが憎たらしくも愛おしい存在になっていきました。
(気持ち悪いと思った方申し訳ありません。)
短い時間ではありましたが、濃密な時間をすごしました。


家族    Family


家族っていう漢字、文字通りに解釈したら家に一緒に暮らす人達。血縁関係とか法律上のステイタスとか関係ないですよね。

Familiyも元の意味の中には、親・子供とそこで働く奴隷をも一括りにしたものを指していたそうです。時代の変化と共に意味も変わっていったそうですが、血縁関係がそれほど重視されていない事がみてとれますよね。
「そして父になる」っていう映画を今すごく見たい気分です。

彼女らとの関係はもはや第二の家族と言っても過言ではない気がします。
僕が病気になった時は、どれだけ仕事で手一杯でも病院に連れて行ってくれたし、僕は毎晩ご飯つくって、彼女らが皿を洗う。
そんな協力しあう家族みたいな存在から、1日で突然死別のような別れがやってくる。
見送りのあと、仕事に行きましたが、いつもの景色に彼女がいなくて心にぽっかり穴があいたような気持ちになりました。記憶が弱い老人ホームの住人に彼女は今日いないの?と尋ねられた時、思わず涙が流れ落ちてしまいました。
悲しいけど、また中国に旅行して3人でまた再会したいです。

しかし、彼女との別れで自分は人との出会いの尊さに気づけたし、家族の大切さ、家族の可能性にも気づけました。

前回の投稿で、彼らが家族と共に最期を迎えられないのは寂しいことだと書きました。
しかし、彼女との別れで気づきました。
彼らにとって、老人ホームが第二の家族なんだと。
彼らが老人ホームを家族だと感じる事ができれば、それで充分なんじゃないのかと。
今日の仕事では、彼らが家族のように時間を過ごしているかどうかを観察しました。
住人の一人に尋ねてみました。
「ここは僕にとって第二の家族だよ」
その言葉を聞いて、安心しました。
それなら、僕たち研修生にできる事は、この家族にたくさんの思い出を与える事なんじゃないかと感じました。
残り、3週間自分のタイムリミットが近づいているのを感じつつ、精一杯悔いの残らないようにフィリピンでの生活を過ごしたいです。
もはや、帰国した後の自分の姿が想像できません。
Corrineからのメッセージ
 

研修が始まってから、もう1ヶ月が経ちました。ブログやfacebookで共有したいことはやまほどあったんですが、なかなか投稿できませんでした。とりあえず、今日投稿します。今後の事はわかりませんが(笑)
 
先週、僕はひとつの事を決断しました。
INSPIREでは、行きたいNGOを選べます。
僕はすでに、老人ホームで3週間働いたので職場を変える事も可能だったのですが、あと
3週間この老人ホームで働く事を決めました。
 
【フィリピンのNGO事情】
フィリピンの中心部、マニラや僕が住んでいるケソンシティの特徴としてはとにかく人で溢れている。ということです。日本とは真逆ですね。
街にはいたるところに商売が溢れています。
道では子供がお菓子を売り歩いていたり、タクシーを観光客に紹介してその仲介料を得ようとしたり(もちろん、そういうタクシーは普通メーター使わないので絶対乗りませんが)、商売ではないですが物乞いをしている人もあちらこちらで見かけます。
そのため、NGOでもすでに人は足りているのが現状です。
ルームメイトの一人、眞子は慶応大学のAIESECのメンバーとしてフィリピンでパートナーシップを結んでくれるNGOを探していたのですが、彼女が訪れたNGOはほとんど人が足りていて、パートナーシップを結ぶ条件がとても厳しい。例えば、3ヶ月の研修からとか、寄付をしてくれるならといった感じです。
実は、僕も今働いている老人ホームの次の職場を探している段階で自分の希望とマッチしている職場を見つけたのですが、TNマネジャーから
350ペソ払ったらいいよ」と言われ
「なんのため?」と聞くと
「寄付だよ」と言われました。
NGOで働こうという善意は下手したら利用されるんじゃないかとまで思いました。
同じ職場のベネズエラのEP
「フィリピンは善意が悪い人に利用されるところだよ」
という言葉を思い出しました。全てが真実ではないと思いますが、こういう側面もあると感じます。僕たちのような学生は単純な労働力としては確実に求められておらず、求められる人材になるためには自分を差別化できるスキルが必要ですね。

until die
老人ホームでの研修ははや3週間が過ぎ(風邪で完全に1週間は働いてませんが)、自分が設定した3ステップ
コミュニケーションをとる問題を発見する改善策を講じる
のうち、コミュニケーションをとるという段階はクリアできてきたかなと思います。
僕が老人ホームに着くと皆が笑顔で迎えてくれます。時間がかかりました。
次のステップは、「問題を発見する」ですね。

僕は、ふとこの人達はどの位の間、この老人ホームに滞在するのだろうと疑問に思いました。その答えは、ちゃんと考えたら一瞬で出てくるはずなのに、なぜか僕はその答えに気づきませんでした。おそらく、多くの住人が体に障害をかかえており、それが治ったら戻れるんだと思っていました。住人の多くも
「病気戻ったら家に帰る」
って言っているんですよね
僕は、老人ホームのオーナーであるAndyに訪ねました。
How long will elderly people stay here ?
彼は人のいないベンチに僕を連れて行って答えてくれました。
until die

フィリピンの伝統的な家族観のひとつに、親が子の事を面倒みるのだから、そのお返しに子供は親が年老いたときに介護するのは当然という考え方があります。
そのためフィリピンで老人ホームという施設は広く受け入れられていません。
もし、子供が親を老人ホームに預けたりしたら、周りの人はその人を軽蔑さえする。そのため、親の事を尋ねられたら、今は旅行にいってると嘘をつくこともあるそうです。

Andy は、老人ホームのシステムをもっとフィリピンで受け入れられるものにしたいと語っていました。子にとって親の介護はとても負担の大きいもの、もし老人ホームに親を預けて、お金を送れば、自分が会いたい時に会える。親は快適な介護を受ける事ができて、子供は自分の仕事に集中できる。いいシステムだと思わない?(正直なところ僕はこの話を聞きながら、Andyはこの老人ホームでお金をたくさん稼いでいるなと感じました。
老人ホームの住人やその家族は、海外に住んでいたり、家を何軒も持っている人が多いので)
なにはともあれ、僕はこの時老人ホームというシステムについて初めて真剣に考えました。日本では、当たり前のように普及している老人ホーム。社会がどんどん分業化する流れの中で、介護を家族外に任せるのはごく自然な流れではありますが、やはり人生の最期のパートを家族と過ごさないという事実を当然視していいのか?という疑問が湧いてきました。もちろん、フィリピンの家族観は変わるべきだと感じます。
子が親の面倒を見るべきという考えは、子供を苦しめると同時に、老人ホームに移る事になった親も「子に見捨てられた」という感覚に苦しめられるでしょう。老人ホームという選択肢を人々は認めるべきでしょう。
それでも、なお老人ホームに住む住人は施設から出る事ができず死ぬまで施設で暮らすという事に疑問を感じました。
住人の一人に23歳の少年がいます。彼は、喋る事もできず、体も上手く動かせず、表情も上手く作れません。彼の両親はカナダに移り住み定期的に薬とお金だけ送り、永久に彼を施設に預ける事を決めているそうです。
家族ってなんなんだろう?

とにかく、そんなに悩んでばかりいてもだめな訳で、自分はこの問題のそばであと3週間働いてなにか新しい考え方を身につけたい、そういう思いが強くなり、残り3週間もここで働く事を決めました。
何をできるか分からないけど、とりあえず今作ってる壁のデコレーションを完成させなければ、ということで途中図だけ載せます。
この世界地図僕が書いたんですが、ベネズエラのヤナに
I don’t like this south Africa」とか
ウクライナのナースチャに
Why does Asia include whole Russia , just east part of Russia!
って言われてショックも受けたりしました(笑)配慮が足りてませんでしたね
まぁ、それでも自分的には満足のいく出来です。

本の寄付も、僕は最初は「老人ホームの住人が本を読むんだろうか?」と疑問を感じていたんですが、いざ本が集まるとナースや研修生がコミュニケーションの手段として本を使っていたのでこれはこれで成功ですね!結果オーライ

今日の投稿はこれくらいですね、また投稿します!

他のEPと住人
寄付で集めた本!(あまり協力してませんが(笑))
世界地図

はじめまして、経済学部3回生の沖田篤彦です!
フィリピン研修中です。

研修期間は8/39/21の大体7週間
「既に17日経ってますけどっ」ていうツッコミ勘弁(笑)
僕の研修先であるInspireという団体は、
社会的ハンデを抱えている人との接触の中で、インターン生とそうした人々、お互いのためになる経験を提供したい。
という目標を掲げていて、この団体が紹介してくれる研修先で僕たちが働いています。
今は、研修先の一つフィリピンの老人ホームで研修を行っております。

先週に初回投稿をしようと思っていたのですが、病気で1週間程寝こんでしまいました。すでに17日経過してますが、大まかにこの2週間および、研修前について振り返ってみたいと思います。

【研修前】
僕の大学生活を語るのに、「テニス」という単語は欠かせません。
僕は「阪大テニス同好会」というテニスサークルに所属しています。
最低でも週4日は練習し、日の出と同時にテニスをする事も日常茶飯事。
日が昇ったらテニス
そんな生活を送っていました。
当然、ほぼ毎日接触するのメンバーとは仲が良く、テニスに関する熱い議論をしょっちゅうしていました。
しかし、同時に約2年も狭い関係の中で過ごしていると、同好会がどんどん心地の良いものになって、新しい人間関係を作ることに自分が臆病になっていました。
この心地良い環境から離れて、人間関係をリセットして0から始めたい。
そして、自分が新しいコミュニティに飛び込んだときに自分に何ができるのか?それを試したい。
それがインターンに参加しようと思った直接のきっかけです。
出国は本当に辛かったです。日本語が使えなくなるとか、みんなとテニスができなくなるのか、って思うと涙が出る位辛かったです。出国前日がホームシックの絶頂でした(笑)

【フィリピン到着】
そして、未知の世界フィリピンに着きます。
空港に着くとなんと日本人の女の子に会います。
彼女は慶応英文学専攻の一回生のMako
中・高とインターナショナルスクールに通っていて、ばりばり僕より英語できます。
そして、彼女と一緒に車で宿へと向かう訳ですけど、
フィリピンの交通事情がひどい、ひどい。
まず、運転がめちゃくちゃ荒い。
基本、道が空いてたらすぐスピードだすし、前の車を抜かそうとします。
次に、すぐ渋滞する。
これは、フィリピン人が車での移動を多用したり(日本車だらけ)、バス以外にも公共の乗り物がたくさんあるので、それが原因なのかもしれません。

ここで代表的な乗り物を紹介します、ジップニーとトライスクル!
〜ジップニー〜
アメリカ軍のジップをバスに改良した乗り物で、ルート上の地点ならどこからでも乗り降りできます。
便利。しかし、ジップニーのルートが複雑なので観光客にはおすすめできないですね。
〜トライスクル〜
バイクの横に3人位が乗れる台?(呼び方が分かりません(笑))が固定されてて、計4人が乗れます。ある程度短い距離を移動したい時に利用できます。目的地が近ければどこでも連れて行ってくれます。ただ、値段が交渉制なので相場が分からない観光客には、フィリピン人と一緒に乗る事をオススメします。まぁ、損してもいいなら全然大丈夫ですが

けど、不思議と事故は少ないんですよね。
17日過ごして、毎日トライスクル使ってますけど、一度も見てないです。
変に躊躇する日本人の方が事故しやすいのかもしれませんね。

とまぁちょっと交通事情を紹介してと…
そうこうしてるうちに宿に着いた僕はとても不安になりました。
まさかの、一部屋に男1人女3人。この環境で僕は7週間やっていけるのか(笑)
今は大分慣れましたけど、女の子喋る喋る、部屋にいたらずっと喋ってる。
しかも可愛い会話をしてくれたらいいんですけど、会話がジョークばっかなんですよね。
おかげさまでジョークのスキルは上がりましたが(笑)
そして驚く事に、隣の部屋にはエジプトのカップルが住んでます。
アイセックのインターンってカップルで来れるの(笑)
けど、一番大事なのは、みんな英語が上手。何かしら海外経験が豊富で、発音すごく聞き取りやすいし、英語がそんなにできない自分は、すごく負い目を感じます。
逃げたいとか思う事ばっかりですが、チャレンジしがいのあるいい環境です。
時間は短いですが、発音をフィリピンで勉強して改善して、もっと上手く会話できるようになりたいです。
 
4日後に職場に見学に行く事になったので、それまでは携帯とか鍋とか買ってここでの生活の準備をしたり、マニラに観光に行きました。
マニラは、とにかく汚かったです。道のあちこちにゴミ落ちてるし、泥水で覆われてるし、これは雨が降ったからだけかもしれませんが。
観光地であり、首都であるために、とにかく人で溢れています。印象的だったのは、駅に沿って伸びる長いスラム街です。とても、じゃないけど人が住んでる事を信じられません。
現地アイセックの学生に聞くと、スラム街に住む人達は地方から職を求めて来た人たちが大半らしいです。まるで、フィリピンの発展の象徴と貧困の象徴を同時に見た気がしました。正直、目に入ってきた瞬間、目を逸らそうとしてしまいました。が、同時に

人は見たいように見るし、見たくないものを見ない。

という言葉をふと思い出しました。
今回のプログラムでは、直接この問題に取り組めないかもしれないけど、他のNGOとか訪問して少しでもスラム街の現状をよく知りたいなと思いました。研修中にスラム街に取り組めるNGOを見つけて関わりたいです!

さて、ようやく研修です(笑)
 
先ほども書いたように、僕の研修先はフィリピンの老人ホームです。
最初は老人ホームの問題を一つのアイディアで解決したいなんて思っていましたが、
職場に行ってある事実に気づきます。

住んでいる人、一人一人の置かれている状況があまりにも違いすぎる。

例えば、健全に話せる人もいれば、聴く事ができない、話せない、視えない人もいる。そんな人達を前にして僕は、全員の役に立つ何か一つのものを考えるのは難しいと感じました。そこで、僕は方針を変えました。
「一人一人にアプローチして、それぞれが抱える問題を少しでも改善する」
そのためには、3ステップ

まずは、コミュニケーションをとる。
次に、コミュニケーションの中で問題を発見する。
問題に対して、改善策を講じる。
 
コミュニケーションをとるっていう当たり前の事がここでは難しい。
コミュニケーションを取れるのは、住人10人のうち5人といったところでしょうか。
この写真は、住人の一人Johnyです。
最初に僕が話しかけた時に、何を聞いてもYESと頷くことしかしません。
僕が話しかけているのを見て、
スタッフが「彼はYESしか言えないよ」と教えてくれました。
彼とどうやってコミュニケーションをとればいいのか分からなくて、
結局その日は、元気に喋る事のできる住人の方とお話して帰りました。
帰った後、とにかく無力感に苛まれました。
次の研修では、どれだけ喋れなくてもそばにいて、何かヒントを得ようと考えました。
次の研修で、彼の横に座り、しばらくゆっくりしていると、彼は庭を指さして、あそこに行きたいとジェスチャーしてくれました。
「そうかジェスチャー」はできるのか一つ発見です。
その後、彼について集めた情報をまとめたペンとメモを彼に見せると、彼はペンを貸してとジェスチャーしてくれて、ペンとメモを貸すと、彼は「Johny」と自分の名前を書いてくれました。
僕は、彼の名前を間違って「Journey」とスペリングしていて、彼はそれを修正したくて僕からペンを借りたんだと理解しました。
自分の名前が間違えられていても、それを伝えられない。自分も伝えたい事を英語だと上手く伝えられないという苦しみを味わっていたので、その辛さがひしひしと伝わってきました。そして、Johnyは涙を流していました。
それ以降、僕はJohnyと会話したいときは筆談を使うようになりました。
スタッフもJohnyは目も弱いと思っていたそうなので、筆談ができる事に驚いていました。
Johnyとのコミュニケーションは、普通の人には難しく、初日の僕のように彼との会話を避けてしまう人が多い。Johnyの他にも会話が難しい人はたくさんいて、その人達との会話を避けることなく、全員にアプローチしてその上で、全員の生活を少しでも良くしたい。今はそういう気持ちで、これからも仕事の準備も手を抜かずに頑張っていきたいです。

もう、十分長いのでこれくらいで切っておきます(笑)

1

PR

Calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>

Archive

Mobile

qrcode

Selected Entry

Comment

  • 06.スリランカの丘陵地帯に行ったら一面○○だった
    みなと
  • 06.スリランカの丘陵地帯に行ったら一面○○だった
    じんのうち
  • 06.スリランカの丘陵地帯に行ったら一面○○だった
    みなと
  • 04.スリランカのビーチが集まるに南西部に行ってきた ―ウナワトゥナ―
    みなと
  • 03.ジャングルに突如現れる巨大な岩に登ってみた
    じんのうち
  • 03.ジャングルに突如現れる巨大な岩に登ってみた
    なかじ
  • 03.ジャングルに突如現れる巨大な岩に登ってみた
    みなと
  • 03.ジャングルに突如現れる巨大な岩に登ってみた
    たかみりょせ
  • 02. 仏の歯がある寺に行ってみた
    じんのうち
  • 01.スリランカからこんちゃーっす
    じんのうち

Link

Profile

Search

Other

Powered

無料ブログ作成サービス JUGEM