35. 再開

みなさんこんにちは。庄山です。
今回は前置きなく早速本題に入ります!先日、約1年前にお世話になった方にお会いしてきました。アイセックのインターンシップに参加するためには、研修前に社会人の方との面接を受ける必要があります。そこでは自分のキャリアや研修での目標について、面接官の方と一緒に考えていきます。僕がインドへ向かった日は昨年の9月で、面接は5月の終わりに実施されました。そのときにお会いした社会人の方と約1年ぶりにお会いしてきました。
 
その社会人の方は僕に会うのが目的ではなく、これからアイセックのインターンシップに行こうと考えている学生に対する面接を行うのが目的でした。僕を担当してくれているマネージャーの方が梅田で面接をやることを教えてくれ、ぜひお会いして挨拶をしたいと思い面接に同伴することにしました。
 
ちなみにその方は非常に厳しい方で、約1年前に面接を受けたときはその方の鋭い質問にしどろもどろでした。もちろんその方が厳しいだけでなく、自分の考えが甘かったという部分も大きかったのですが。その面接を機に本気で自分と向き合い、今後のキャリアに対する考えを深めていきたいと思えました。以前お会いした際にはぼろぼろになって面接を終えたので、今回その方とお会いするには勇気が要りました(笑)
 
当初はその方とお会いして5分程度話しをするつもりだったのですが、20分程度話しをする時間をいただけ、これから研修へ行く方に対して質問までさせてもらいました。その方とお話しをしたり面接に同伴したりして気づいたことがありました。その方の話しの意味が1年前と比べてはるかに分かるようになっていたのです。
 
話しの内容はリーダーシップや経営者に関するものが多かったのですが、これらのことをまさに海外インターンシップを通じて自分も学び考えてきました。以前話しを聞いたときは言葉だけで表面的に語られていたものが、言葉に体験が結びつきリアルなものとしてイメージできるようになりました。
 
話しをするなかで最も印象的だったのは「良い目的を忘れてはならない」ということです。良いというのは、長期的視野に立った、という意味です。時間軸を長期的・中期的・短期的の3つにざっくりと分類して考えてみます。立場Aと立場Bのように異なる意見を持つ2人がいたとします。ここで2人が良い目的を忘れず建設的な議論をしていけばお互いの妥協点を探り、最初に設定した良い目的を達成するために頑張ることができます。
 
しかしもし、立場Aと立場アンチAなる者が存在したとするとどうでしょうか。アンチAはそもそもAと議論するつもりはありませんから、最終的に残るのは立場Aか立場アンチAのどちらかになります。この状況ではどちらが選ばれようと、自分の考え以外の考えを受け入れずに成立してしまうのです。
 
しかももしアンチAが受け入れられた場合、アンチAは目的を見失います。なぜなら、アンチAAを倒すことを目的としていたからです。自分が今持っている目的が、本当に良い目的なのか、それとも相手を批判しているだけなのかよく考える必要があります。そのことを痛感させてくれるエピソードでした。
 
ここまで個人対個人を想定して話しを進めてきましたが、次にこれを集団対集団に敷衍して考えてみましょう。特にここでは集団Aを自民党、集団アンチAを民主党としましょう。2009年に自民党から民主党へ政権交代した後、民主党はまさに目的を見失いました。自民党から政権を奪取したいと考える人々の集団であったので、自民党から政権を奪取した後党内がまとまらなくなりました。
 
そもそも政治家とは、国の理想の姿を考え、そのためになにをすればいいのかを考えている人のことだと思います。そしてその考えが似ている人々が集まり政党を成します。このようなプロセスを経て作られた政党であれば、政権を奪取した後に党内で醜い争いなど起きないはずだと考えられます。良い目的を設定することの重要性を示すひとつの良い例ではないでしょうか。
 
この良い目的を作る重要性を提案しているのが、一橋大学教授の野中郁次郎という人です。ナレッジマネジメント(知識経営)という考えのなかで提唱しています。良い目的を作り、どのように問題を解決していくのかを以下に記します。
 
1.良い目的を作る
2.場をタイムリーに作る
3.現実をありのままに受け入れる
4.事実を概念化する
5.あらゆる手段を用いてそれを解決する
6.そのための組織を構成する
 
良い目的を作る以外の説明はここでは割愛しますが、組織の運営や人間関係を考える際に参考になるのではないでしょうか。これまでに書いてきたことは、なんとなく感覚的に分かっていることだと思います。ただこれをいざ言語化しようとすると難しいのです。事実を概念化する力がここで問われます。
 
僕自身も小学校3年生から大学まで野球を続けてきましたので、このような話しを聞くとなんとなく納得感を得られます。ただこれを自分でやろうとすると難しいと思います。リーダーシップとは他者との関わり合いのなかで相対的に決まるものだと考えられますから、状況が変わればリーダーとしてのあり方も変わります。ある集団で自分がリーダーでも、別の集団ではリーダーではない場合もあるのです。
 
このようなふわふわした経験を、つまり具体的な事象を抽象化していくことが大切です。なぜなら、その抽象化したものを100%適用できないにしても、ある程度は応用させることが可能であると思うからです。僕は野球部という環境からインドという全く異なる環境に身を置きましたが、インド人も価値観は違うけれども同じ人間です。
 
ここで大切なのは、意見が違うからといってアンチインド人になるのではなく、インド人の考え方に対して自分の考え方をぶつけすり合わせることで、良い目的を達成していくことです。その際に発揮するリーダーシップとは、実は野球部で培ってきたものであったりするのです。
 
ただ同じような環境に居続けるだけでは、自分の経験を客観的に見直していくことは難しいのではないでしょうか。だからこそ未知の環境に放り込まれ、嫌でも自分の経験を見直す機会を与えてくれる海外インターンシップに価値があると思います。ネットで調べればなんでも分かってしまう時代だからこそ、人の生の体験や体感の価値が上がっていくと思います。
 
今回はお世話になった方との再会に加えて、改めてリーダーシップについて考えてみました。自分に深く考えるきっかけを提供してくださったその方、及びこのような機会を設けてくださったアイセックに感謝申し上げたところで、筆を置きたいと思います。お読みいただきありがとうございました。

34. プレゼンテーションの○○

みなさんこんにちは。庄山です。
先日5/18(月)アイセック企業系インターンシップの普及活動で、インドでの経験をプレゼンさせていただきました。イベントは1810から約90分間で、僕はその中の25分をもらい話しました。おそらく25分間のプレゼンは人生で最も長かったプレゼン時間だと思います。貴重な経験をいただけたことに感謝です。
 
4/21(火)にアイセックの新歓でも少しプレゼンさせてもらったのですが、そのときはアイセックメンバーのスライド作りとプレゼンの上手さに終始圧倒されていました。聴衆との共通項を自己紹介で作り、随所で笑いを取り、伝えたいことをピンポイントで伝えるといったようにメリハリの効いたスライドとプレゼンになっていました。
 
正直、野球をやっていた頃の僕はプレゼンの重要性をよく理解していませんでした。しかしインターンシップでお客さんに自社の商品を説明するためのスライドやインターンの経験を伝えるためのスライドを作るとき、その重要性を痛感しました。中高大と情報の授業やプレゼンの機会を大切にしてこなかったことを悔やみました。
 
アイセックの新歓が終わったとき、次の企業系インターンシップ説明会でのプレゼンに向けて改善をしていこうと考えました。そこでまず僕のマネージャーの方に新歓で使ったプレゼンを送ってもらい、プレゼンの構成などを参考にしました。またイベント主催者の方と念入りにプレゼンの流れを練りました。
 
もう少し具体的に言えば、研修を経て変わったことを就職活動や野球部でのリーダー経験を基にしてプレゼン作成に取り組みました。今回のプレゼンでは「キャリア」と「リーダーシップ」という2つの観点から話しをしたので、伝えたいことがぼやけてしまうことが懸念されていました。ここをどのようにして上手く伝えていくかが最も苦労したことでしょうか。

プレゼンにおいて大切だと思ったことを3点あげると、
1点目:聴衆の頭の中に地図を描き続ける
2点目:自己紹介で距離を縮める
3点目:抑揚をつけて話しをする
ですね。
 
1点目についてですが、中身に入る前にプレゼンの時間や流れを確認するべきでしょう。今回僕のプレゼン時間は25分間でしたが、その時間集中し続けることは難しいでしょう。だからこそ聴衆に対して最初にプレゼンの枠組みを伝えておくことが大切です。どのあたりに自分が欲しい情報が先に来るのかを提示することで、メリハリをつけて聞くことができるようになると思います。
 
また最初に全体の流れを確認するだけでなく、話題が変わるときにも全体の流れを見せつつ、次の話題を提示することが大切だと思います。話しを聞いているとつい話しを追うだけになり全体の構造を見失いがちですが、要所で流れを確認することで相手の頭を整理するのに役立ちます。
 
2点目についてですが、聴衆のみなさんはプレゼンをする人が出てきたとしてもその人のことを全く知りませんから、お互いに距離があるわけです。おそらく感覚的に分かってもらえると思うのですが、知り合いとそうでない人から話しを聞くのでは話しの入り方が違うと思います。プレゼン内容はいいのだけれど、その人のバックグラウンドが分からないがために話しが入ってこないことは意外にも多いのではないでしょうか。
 
だからこそ僕は自己紹介を名前や学部の紹介で終わらせるだけでなく、出身や趣味、最近はまっていることなどまで話すようにしました。プレゼンが始まったときはたいていの場合空気が重いので、自己紹介でその空気をほぐし、できる限りプレゼンターと聴衆の距離を縮めることが大切だと思います。
 
3点目:抑揚をつけて話すというのはなにも歌を歌うように話すということではなく、盛り上がるところと真面目に話すところのメリハリをつけましょうという話しです。大学の授業を聞いている学生が寝てしまう原因のひとつに、教授が淡々と話しすぎることがあげられると思います。ただでさえよく分からないことを無表情に淡々と話されたら、つまらなくなって寝てしまいます…。
 
明るく話すところと真面目に神妙な面持ちで話すところ、色鮮やかなスライドの後に白紙に文字だけスライドをはっきり区別してそれをプレゼン全体に組み込むことで、聞いている人も変化があるため興味を持ちながら聞けると思うのです。明暗や濃淡を話し方やスライドに織り交ぜることが大切だと思います。
 
以上プレゼンにおいて重要だと思ったことを3点あげてきましたが、これらのポイントを集約すると「相手がなにを求めているのかをよく考える」ことに尽きると思います。相手が欲しい情報はなにか、その情報をどのようにすれば分かりやすく伝えることができるか、これらを考えることに集約されていくのだと思います。
 
今回はプレゼンについて考えたことを書いてきました。もしまたプレゼンの機会があれば積極的にその場に参加して自分の経験を伝えていきたいと考えています。素敵な機会をご提供していただきありがとうございました!では、失礼します。

33. 事業プラン作成に向けて
 
みなさんこんにちは。庄山です。
新年度が始まって約1ヶ月半、どのようにお過ごしでしょうか。この時期は五月病という言葉が示すように、新年度を迎えた高揚感から4月に力を使い果たし、5月になるとスタミナ切れしてやる気が出ない人も見受けられます。今セメこそ授業に出てとか、フル単でとか目標を4月の始めに掲げたもののやっぱり無理という結論に至り始める人が出てくるのもこの時期でしょうか。
 
一方で僕は気分の浮き沈みが少ない人間だと思います。もう少し正確に言えば、沈んでいてもなんとか気持ちを上げていく、気持ちが上がりすぎていたら冷静になって考えることにしています。このように考えるようになったのはやはり野球の経験が大きいでしょう。正直グラウンドに行きたくない日があります、いや結構あります(笑)しかし行かないわけにはいきません。
 
この気持ちと折り合いをつけるときに大切になるのが日々のルーティンワークです。睡眠時間や食事のタイミングなどで生活にリズムをつけていきます。ルーティンワークというとネガティブに捉える方が多いと思いますが、僕は必要なことだと考えています。人間が1日に選択できる数は時間的に限られていると思うからです。時間をかけて選択するべき場面、時間をかけずに済む場面それぞれあると思います。
 
さて、本日は研修後の取り組みについてお話ししようと思います。アイセックのインターンの取り組みの一環として、インドで感じたことをもとに事業プラン作成に取り組んでいます。僕はインドで空気の汚さに大きな問題意識を持ちました。空気が汚いのは中国だと思うかもしれませんが、もちろん場所にもよりますがインドの方が汚いのです。特に僕が住んでいたデリーは世界一の汚さ…。
 
大気汚染物質のうち、PM10については基準値を超えると大気汚染による死亡率が上昇することが知られています。インド国内の主要5都市(デリー、コルカタ、ムンバイ、バンガロール、チェンナイ)におけるPM10濃度の年平均値(2010年)は、4都市でインドの環境基準(年平均値60μg/m3以下)を、5都市で世界保健機構(WHO)の基準(年平均値20μg/m3以下)を超えています。(数値:デリー:259μg/m3、コルカタ:98μg/m3、ムンバイ:94μg/m3、バンガロール:94μg/m3、チェンナイ:59μg/m3)ちなみに中国・北京市におけるPM10濃度の年平均値(2012)109μg/m3 。デリー、恐ろしや(笑)

家族のいる駐在員さんにお話しを伺ったところ、子供が小さいからインドに連れて来られなかったり、空気清浄機が家に必須だったりするそうです。人の健康を脅かすほどの空気の汚さであることは、特に冬になると前が全く見えなくなることからも漠然と想像がつきます。インド人はこの状況を普通だと思っていますが、日本人の僕からすると異常でした。
 
前が見えなくなるということは交通機関にも悪影響を及ぼします。特に空気の汚くなる冬の時期は、予定通りに飛ぶ飛行機が減少するそうです。ようやくインドから飛び立てると思っても飛行機が飛ばずに思わぬ長居を強いられたり、オートやタクシーに乗ればドライバーの運転がおぼつかなかったりします。オートを通勤のときに使っていたので、冬の朝は恐怖でした…。
 
このような環境に半年間さらされていたことから、インドの空気を人体に害のないところまできれいにしたいと思うようになりました。そこでアイセックの研修後の取り組みとして、インド大気汚染問題解決のための事業プランを作成することにしたのです。この後、大気汚染の現状やインド人の環境に対する意識などを調べていくのですが、今回は事業プラン作成に至る背景を説明したところで終わろうと思います。
 
最後までお読みいただきありがとうございました!
では、失礼します。

32. アイセックメンバーでない人が見たアイセック
 
みなさんこんにちは。庄山です。
少し前の話しになりますが、GWはどのように過ごされたでしょうか。僕はGWの前半面接のために東京に行き、疲れによって体調を崩しました…。幸い一日中寝たことですぐに体調は復活して、関西に戻ってきました。関西に戻って来るとある企業のリク面に呼ばれるなどしていたので、GWに羽を伸ばして気分転換とはなりませんでした。
 
昨年のGWはしまなみ海道自転車の旅を敢行していたので、今年は少し物足りないGWとなりました。まあ仮に就職活動が8月に終わったとしても、学生生活は残り半年以上あるのでその期間に色々と楽しめればいいかなと考えています。社会人になるとまとまった期間を取ることが難しいので、学生時代中に時間のかかることにできる限り取り組みたいとと思います。

さて、前回のブログでアイセック外の人から見たアイセックの印象について書くと言っていましたので、今回のブログではそれについて書こうと思います。あくまで僕がアイセックと約1年間関わってきた上での所感になりますので、至らぬ点が多々あると思いますがどうぞ寛容な心でお読みください。
 
何度か申し上げているように、僕がアイセックを知ったのは4回生の4月です。それまでは野球部にいて野球に打ち込んでいましたので、アイセックというかグラウンド外とは縁遠い生活を送っていました。このような状態の僕がアイセックの扉を叩いても大丈夫なのかと、不安な気持ちで最初アイセックの方にお会いした記憶があります。
 
僕がアイセックから感じたことは以下の3点です。
・海外志向
・自分の意志を持っている
・バックグラウンドが多様
 
1点目の海外志向ですが、これはまあ団体の性質上強くなりますよね。実際に大学入学前に海外経験を積んでいる人もいて、ドメスティック人間だった私は割と衝撃を受けていました。実は僕も海外インターンを探す前から海外志向は強かったのですが、それまで一度も海外に行ったことはありませんでした(笑)まだ行ったことがない場所、まだやったことがないことに憧れる傾向がどうやら自分にはあるようです。
 
2点目の自分の意思を持っているですが、みなさんひとつひとつの活動に対して目的を持って活動しているなと感じています。例えばミーティングを行うにしても、そのミーティングで達成したいことを定めて、それに向けて議論すべき点や時間の使い方を逆算して決めています。まあ当たり前のことと言えばそうなのですが、メンバー全員が徹底してそれを実行しているように感じたので感動しました。
 
3点目のバックグラウンドが多様についてですが、アイセックは大学から始まる学生団体ですので高校までに様々な活動をしてきた人が集まっています。基本的に僕は野球を高校まで続けてきた人と大学でも活動することになっていたので、良くも悪くも人の気質みたいなものは高校と比べて大きく変わりませんでした。それから文理のバランスが良いと感じました。部活時代は理系が多数派だったので、文系の僕はなんとなく肩身の狭い思いをしていました(笑)
 
以上、簡単にではありますが、僕がアイセックのインターンに関わることでアイセックから感じたことになります。インドでも様々な考えを持つ人に会うことができ大いに刺激になったのですが、アイセックという団体に関わるだけでも多様性に触れることができました。この1年間で、おかげで自分の視野や接する人間の幅が広がったと思います。
 
では次にアイセックと他の海外インターンシップ運営団体との違いについて考えます。「他の運営団体ではなく、なぜアイセックのインターンシップを選んだのですか?」とアイセックの方からたまに聞かれるので、僕なりの考えをここで書こうと思います。僕がアイセックを選んだ大きな理由は、それまでの自分とは違うバックグラウンドを持った人が多くいそうだからだったのですが、実際に1年間アイセックと関わってきて他にもアイセックを選んで良かったと思う点が3点あります。
 
・主体的にインターンシップに取り組める
・研修前、研修中、研修後と長期間にわたるサポート
・週1のコンサルティング
 
1点目の主体的にインターンシップに取り組めるについてですが、研修に向けて大まかなスケジュールを伝えてもらい後は自分でマッチングやVISAの取得などを行えるので、割と自由に準備を進められます。研修中も自分で現地での生活やインターン先のことなどを考えて進めることができます。これはなにかと主体的に進めていきたい僕にマッチしていました。
 
ただもちろん完全放任主義なわけではなく、絶対に抑えておく必要があることはしっかりと伝えてくれます。こちらから相談すれば一緒になって考えてくれます。研修中にインド人の上司と言い争いになり仕事から干されたときもこれからどうしていこうか一緒に考えてくれ、デリー大学のアイセックメンバーに報告して状況を打開しようとしてくれました。
 
2点目の長期間にわたるサポートですが、右も左も分からないままアイセックの海外インターンシップに飛び込んだ私に、インターンでの目標設定からその目標を達成するために必要なことを考える機会を提供してくれました。体育会からいきなり飛び込んできた年上のやつに大事なことを一から教えていくプロセスはさぞかし大変だったことでしょう(笑)心より感謝申し上げます(笑)
 
研修中には、体調管理やモチベーション管理の方法などを考えてくれ、半年間のインド生活を乗り切れたのもこれらのサポートがあったからでしょう。ちなみに僕の海外経験は人生で2回だけです。1回目は昨年の7月にゼミの教授に引き連れられスペインの国際学会に行ったこと、そして2回目はインドでのインターンシップです(笑)初めての長期海外滞在がインドでしたので、不安はありましたし周りも心配していました。
 
研修後は、インドでの経験を活かして事業プラン作成に取り組んでいます。インドの大気汚染問題を解決するための事業プランを考えています。最近、事業を作るためにはどうすればいいのかを考える機会が増えたので、次回のブログではこれまで考えてきたことをまとめてブログに載せようと思います。この事業プラン作成も、アイセックのメンバー(EPマネージャー)と取り組んでいます。
 
このように長期間にわたりサポートを行ってくれる団体は他にはないと思うのですが、実際のところどうなのでしょうか。お金の話しになって申し訳ないのですが、僕がアイセックに研修費として納めた額が40,000円で、これまでアイセックと関わってきた日数が約400日ですから100円/日でこのサポート(笑)僕はかなり充実していると思うのですが。
 
3点目の週1のコンサルについてですが、これはペースメーカーとして非常に良く機能していたと思います。1点目、2点目と少しかぶってしまいますが、週に一度次週までの目標を確認してそれに向けて努力を積み重ねることができたので、インターンを通じて良い時間の使い方ができたと思います。
 
海外での生活はともすると目標を見失いがちです。慣れない環境に右往左往してしまったり、同じような日々がただ流れていくだけだったりする場合もあるかと思います。このような状況で、目標を確認しながら進めることができるのは非常に大切です。僕の場合は、海外で働くことを通じて将来のキャリアを描くという目標があったので、その週にあった出来事を話すことで考えを整理することができました。
 
また週1のコンサル以外にも、研修の中盤と研修後に振り返りの機会があったので、短期的・中期的・長期的に研修を見直すことができました。目の前にある物事に精一杯取り組みすぎてしまう僕にとって、自分の行動や考えを定期的に確認していく機会があることは大変意義深かったと思います。
 
以上がアイセックと他の団体との違いだと僕が感じたことです。しかし僕は実際に他の団体に属したわけではないので正確なことは言えませんのでご了承ください…。長きにわたってアイセックから感じたこととアイセックと他の団体の違いを、これまでの自分の経験から振り返って書いてみました。外部の者があれこれ言ってすみません。
 
僕は野球をやっていて感じたのですが、プレイヤーとプレイヤーではない人が見ている世界はまるで違います。プレイヤーの方が内部の事情にももちろん精通していて、そのことも考えながら動いています。ですから、外の人の意見を参考にするのは大事なことではありますが、最後はプレイヤーで考えて答えを出すことが大切だと思います。というわけで、これからも素敵な機会を学生に提供していってください!応援しています!

31. 考えを実行へ
 
みなさんこんにちは。庄山です。
先日4/21(火)のアイセックの新歓で、送り出し事業局から実際にインターンシップに行った者として1回生に向けて話す機会がありました。恥ずかしながら僕が1回生のとき、アイセックを知りませんでした。大学に入学したとき考えていたことといえば、硬式野球部に入るか準硬式野球部に入るかで他の選択肢はなにも考えていませんでした。
 
今から思えば、最終的に野球部に入るにしても色々見て回っておけば良かったと思っています。特に新歓の時期は各団体が門戸を開いて積極的に話しをしてくれていますので、こちらも参加しやすいですし視野も広がりますよね。一度どこかの組織に属してから、新歓が終わった時期に回ろうとしても難しいです。
 
このような思いがありましたので、1回生に向けては自分が体験したインターンシップの内容に加えて、新歓の時期を利用して幅広く見て欲しいということを伝えさせてもらいました。数ある選択肢の中から選んだと思えれば、その組織でも一生懸命頑張ることができるのではないでしょうか。その上でアイセックを選んでもらえれば…ということですかね(笑)
 
さて新歓の後はアイセックメンバーと1回生数人で、甲必丹(カピタン)に晩ご飯を食べに行きました。阪大生なら一度は行ったことがあるのではないでしょうか。カピタンに行くのは1回生の新歓シーズン以来ということで、僕にとっては4年ぶりのカピタンとなりました。カピタンと言えばご存知の方も多いと思いますが、
 
1回生スペシャル
 
ですよね!ここで詳細を言及することは避けますが、気になる人がいれば是非行って注文してみてください。名前が1回生スペシャルとなっていますが、1回生でなくても注文できます。ボリュームがあるのでお腹を空かして行くことをお勧めします。
 
ご飯を食べているときに、アイセック外から見たアイセックの印象や他団体との違いなどを聞かれたので、追々それについてもブログに書いていこうと思います。ただ、もし書いたとしても完全に僕自身の主観になってしまうのでさっと読み流してもらえばと思います。
 
出国前に一度顔を合わせたメンバーとも、帰国後初めて会うことができて僕としては嬉しい限りでした。またぼちぼち顔を出すかもしれないので、そのときは遠慮なくそして気軽に話しかけてもらえればと思います!もう少し具体的に言うと、5/18(月)にGIP経験者として話す機会があるそうなので、そのときに会えることを楽しみにしています!
 
さて、この文章を書いているのが4/26(日)で部活を引退したのが昨年の4/17(木)ですので、あれからもう1年以上が経ったのかと思うと驚きです。時が経つのは早い…。部活を引退したときの僕は大学野球と学生野球の引退を同時に迎え、悔しさや寂しさとともに大きな達成感を覚えていました。
 
野球というスポーツを13年間続けてきましたが、順風満帆な野球人生であったかと言われればそうではありません。練習に行くのが億劫だったり試合前にプレッシャーに押し潰されそうになったりと、苦しい思いを幾度も経験しました。試合に勝つことや自分が活躍することなどいい思いをできるのはそれこそ一瞬だけで、多くの部分をネガティブな感情が占めていたと思います。
 
ただそれでも続けてくることができたのは、月並みな表現になりますが周りのサポートがあったからこそだと思います。僕はキャプテンでしたのでチームを引っ張る立場にありましたが、逆にみんなに引っ張ってもらっていたと感じることも多くあります。そして野球を頑張ることで「悩んでいる人に1歩を踏み出す勇気を与えたい」という強い思いがあったからこそ、続けることができました。
 
さて、このような思いで続けてきた野球ですが、いざ引退してみると次になにに打ち込めばいいのか分からなくなってしまいました。このときからもう一度自分の人生についてじっくり時間をかけて考えたいと思うようになりました。しかし一体どうすればいいのか。なにか明確な目的があったわけでもないので非常に悩みました。
 
打ち込みたいことがないのは分かっているけれど、打ち込むことが見当たらないという具合でしたので途方にくれていました。ただその場でじっと考えていてもやりたいことなど見当たらないと思い、動きながら考えてみることにしました。留学説明会に足を運んだり、クロスバイクでしまなみ海道を旅したり、それまでにやってこなかったことに挑戦していきました。
 
様々な選択肢を探すなかでアイセックに出会いました。おそらくあれは経済学部の講義棟の机の上にビラが配布してあってそれを見たのがきっかけであったと思います。それまでの野球部という閉鎖的な空間から抜け出してみたい、自分のキャリアを考えるために働いてみたいという思いがあり海外インターンシップに参加することを決断しました。
 
海外インターンシップに取り組むにあたり2つの目標を立てました。
・自分のキャリアを具体的に描けるようなること
・自分の考えを相手に伝えられるようになること
です。この2つを意識しました。前者は既に説明した通りで、自分のやりたいことが手探り状態であったので目標として掲げました。
 
後者は、部活をやっているときに「なにを考えているのか分かりにくい」と言われることが多かったので、自分のキャリアをよく考えその考えを伝えられるようにまでなりたいと思いました。この2つの目標を掲げインターンシップの準備段階からインド滞在中、また帰国後にわたって取り組んできて1年以上が経ちましたが、果たして自分は変わることができたのでしょうか。
 
前者についてはインターンシップを通じてやりたいことが明確になってきました。今はそれを具体的に行動に落とし込んでいるときですね。研修後の取り組みとして、インドの大気汚染を解決するためのプランを考えています。このブログでも何度かお伝えしましたが、インドの大気汚染は本当にひどいです。中でも僕が半年間滞在していたデリーの空気は世界最悪です。
 
後者についても進歩が見られると思います。このブログやCo-mediaのコラムを通じて自分の考えを文字に起こして発信することを意識してきました。また日本にいるとなんだかんだ周りが先回りしてくれて物事が進んでいきますが、インドでは自分から発信していかないと物事が前に進みません。自分から発信していくというよりも自分から発信せざるをえない環境に身を置いたことで、自分の思いを伝える力は強くなったと思います。
 
では今後の課題はなんでしょうか。それは、質を上げていくことだと考えています。自分のやりたいことをより具体化していったり、相手への伝え方をより簡潔に分かりやすく工夫していったりと、それぞれの質を上げていこうと考えています。1年前の目標は考えることが目的になっていましたが、ここからは考えたことを実行することが目的となりそうです。
 
以上、久しぶりの投稿で長々と書いてきてしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。では、失礼します。

30. 蛇口からお湯が…!成田空港に到着して感動したこと
 
みなさんこんにちは。庄山です。
今日から社会人です、頑張りますと言いたいところですが、今日から5回生です。おそらく人生でこの響きを味わう人は少ないと思いますので、貴重な1年だと思って噛みしめながら生きていくつもりです(笑)
 
早いもので日本に帰国してから1ヶ月以上が経過しました。現在は重い腰をようやく上げて、就職活動に取り組んでいるところです。実家に帰ってから約2週間、こたつ中心の生活をしていました。そういえば以前ブログで、こたつむりにならずに授業に出てみるのもいいかもという記事を書いたのにも関わらず、書いた張本人が完全にこたつむり状態になっていました。

さて今回のブログでは日本に帰国してから驚いた話し、とりわけ成田空港で感動した出来事を書きたいと思います。成田空港に着いてすぐにお手洗いに行ったのですが、手を洗おうとするとなんとお湯が出てきました。このとき、日本に帰って来たのだという実感がひしひしと込み上げてきました。いやそもそも、手を差し出すだけでスムーズに水が蛇口から出てくることに感動しました。
 
インドの空港でも自動で水が出てくるように設計されてはいたのですが、すぐに水が出てこなかったのです。何度か手を差し出しては引っ込めて、ようやく水が出てくる程度のクオリティでした。周りを見渡してみると割とスムーズに蛇口から水が出てきていたので、なぜ自分だけと思い悩みながら帰りの飛行機に乗り込みました(笑)
 
蛇口から自動でお湯が出てくるなんて贅沢の極みだと思いました。そもそもインドではトイレに行きたいと思ってもまずトイレ自体を見つけることが難しいですし、ようやく見つけたとしてもあまり衛生的とは思えないのです。そして基本的にトイレットペーパーがついていないので、常にそれを持ち歩く必要があります。
 
ちなみにインド人は小型シャワーのようなもので流します。トイレの横にその小型シャワーのようなものがついているのです。したがってインドでトイレに入ると便座が濡れていることが多く、持ち歩いているトイレットペーパーで水を拭き取ってから座る必要があり結構面倒です。
 
苦労に苦労を重ねトイレが終わった後に手を洗いに行くと、水がなかなか出てこなかったりすることを経験していたものですから、成田空港のトイレで蛇口からお湯がスムーズに出てきたときの喜びはひとしおだったわけです。まあ日本でも蛇口からお湯が出てくるトイレはそこまで多くないと思いますが。
 
それにしても日本では、トイレに行こうと思ったときにトイレを探せばすぐに見つかりますよね。駅やコンビニ、ショッピングモールに行けばトイレがあります。たまにコンビニにお客様用トイレがなくて苦しむことはあるのですが、それでも日本にはきれいなトイレが多いです。
 
このような背景も影響しているのか、日本で男性が立ちションするのを見かけることは少ないですし、もししようものなら避難の的になります。一方でインドではそのへんでしている人をよく見かけます。赤信号みんなで渡れば怖くないといった具合でしていますので、避難するような人はいません。
 
しかも、どうやら立ちションゾーンといった場所が暗黙の了解で決まっているらしく、みんながみんなそこで試みるため臭いがきついです。特に暑くなると臭いがきつくなります。インドは3月から徐々に気温が上がり始め、4月や5月には最高気温が50度近くになることもあるので、いい時期に帰国したと感じています。
 
さて、今回はトイレのお話し、前回はゲイのお話しとだいぶ品がないブログへとなっていますが、今後も上品下品を問わずインドでの出来事を徒然なるままに書き進めたいと考えています。ここまでお読みいただきありがとうございました。では、失礼します。
 

29. 普段から考えておかないといざというとき体が動かない、という話し。

みなさんこんにちは。庄山です。
突然ですが、学校で避難訓練やりましたよね? 訓練が大事だと分かっていつつも、友達どうしでおしゃべりしながら校舎の階段を降り、校庭で学年クラスごとに整列するわけです。場が落ち着いたところで避難訓練を担当する先生が前に出てきてこう言います。「訓練を本番だと思って真剣に取り組まないと、いざというとき体が動かなくなってスムーズに避難できなくなるぞ」と。
 
さて、もしブラジル人のゲイに迫られたらどのように対応しようかと、一体何人の日本人が真剣に考えているでしょうか。おそらく多くの人はこれを見て、「そんなこと起こるわけない」と思うわけです。そして鼻で笑うわけですね。もう一度言います、ブラジル人のゲイに迫られている状況をリアルに想像してみてください。あ、そこまでリアルじゃなくていいです(笑)
 
このようなことを偉そうに書いている当の本人も、ブラジル人のゲイに迫られるなど夢にも思っていませんでしたから、避難訓練のときと同様完全に甘く見ていました。いやむしろ、考えてもみませんでした。これからそのエピソードを振り返っていきますが、1点だけ先に申し上げたいことがあります。あくまでブラジル人のゲイに「迫られただけ」ですよ!!
 
あれはそう、ブラジル人の彼ギルマー(仮名)の帰国日前日のことでした。僕が住んでいたアコモデーションには世界各国からインターン生が集まっていたのですが、その日彼らの多くは出払っていて、アコモデーションは奇妙な静けさに包まれていました。ギルマーは翌日帰国ということで荷造りを行っていました。
 
部屋でパソコンをいじっていると彼から、「帰国前日だし会って話そう」とFacebookのメッセージで言われました。断る理由も特にありませんでしたし、最後に一度話したいと思ったので彼の部屋に行くことにしたのです。彼の部屋にはみなが出払っていて誰もおらず、珍しく静まりかえっていました。
 
最初は立ち話しだったのですが、立ちながら話すのもあれだからと彼はベッドに座るよう勧めてきました。特に変わったこともありませんでしたから、ベッドに腰かけることにしました。お互いに座って話し始めたときお互いの距離は30cmほどあったのですが、それが25cm, 20cmと徐々に縮まってくるのを感じました。
 
これ以上近寄る必要もないのにと不思議に思いつつ、相手を避けるような態度を取るのも失礼だと思ったので変わらず話し続けていたのですが、いよいよ15cm, 10cmと距離を縮められ雲行きが怪しくなってきたと感じました。そしてついに距離ゼロのところまで近寄られてしまいました。
 
ここで状況を分析しました。「ギルマーはおそらくゲイ、もしくはそこまでいかなくてもそのケがあるやつだ。そしてあいにく周りには誰もいない。状況はあまりよろしくない」と。しかし一方で、「インドに来てブラジル人のゲイに迫られるなんて、最高のネタになるじゃないか!なんとかぎりぎりまで粘れないものか…」とも考えました。
 
「よし、もう少し粘ってみよう」と思った瞬間、彼の右手が僕の左手の上に乗りました。さっきまで冷静に状況を分析していたのですが、いざ手と手が触れてみると冷静な判断能力を失い、そろそろ自分の部屋に戻る必要があると言って全速力で自室に駆け込みました。人間追い込まれると落ち着いて判断ができなくなるものです…。
 
今から思い返せば、彼は僕の手の上に手を乗せた後どのように話しを進めてくるのか気になりますが、その判断を当時下すことはできませんでした。彼と話しをする前に彼がゲイだと見抜き、もし迫られるようなことがあればどう行動するかを考えておけば…。まあ普通は考えないと思いますが(笑)
 
このエピソードはもちろん、インドでは日本でなら予期できないことが多く起こりました。それに対応するためには、普段からあらゆる可能性を予測しながら行動するということが大切なのだという教訓を得た気がします。くどいようですが最後に一言、あくまで「迫られただけ」ですよ!!

28. 負のスパイラル!? 〜インドの洗濯物事情〜
 
みなさんこんにちは。庄山です。
先月無事に帰国してから早いもので約3週間が経過しました。この期間なにをしていたのか。はい、インドで壊れたモノ汚くなったモノの対応に追われていました(笑)インドで頻繁に使用していた洋服やカバンからは、揉み洗いを何度繰り替えしても水が茶色く濁るため収拾がつかない状態でした。
 
このような状態に陥ってしまったのは、もちろんインドの空気が汚かったということが大きな原因なのですが、それに加えてアコモデーションの洗濯環境が劣悪であったということも原因となっています。住んでいたアコモデーションには洗濯機がなく、洗濯をする場合はバケツに水を溜めてその中に洗剤と洗濯物を投入して手洗いしていました。
 
手洗いをしているとバケツの中がどんどん茶色く濁ってきて、何度も水を替える必要がありました。ただ洋服を1日着ているだけなのに、なぜここまで汚れるのか不思議に思いながら洗濯をしていました。それが終わると今度は洗濯物を干すことになるのですが、アコモデーションの各部屋にベランダは存在しなかったため、屋上の共用スペースに干す必要がありました。アコモデーションが4階建てで、その上に屋上があります。
 
そのスペースを僕が住んでいたアコモデーションのみで使用するのではなく、他に併設されている2つのアパートと一緒に使用するため、屋上は毎度カオスな状況になっていました。特にみな揃って休日に洗濯をしようとするので、日によっては屋上に洗濯物を干すスペースがないということもしばしばありました。

さて、苦労して手洗いした洗濯物をまた苦労して屋上に干すことになるわけですが、そもそもインドは空気が汚いため、せっかくきれいにした洋服もインドの風がさらっと吹くだけで、いや吹かなくてもすぐに汚くなってしまうのです。インドとは洗濯の努力を文字通り水に流す力に長けた国であるようです。

このような環境で約半年間生活していたので、洋服がどこか薄汚れ、アイロンがないこともあってか洋服に張りがなくなってきていました。しかし日本で洋服を下洗いして、洗濯機に放り込みきれいな空気で干すことによって、心なしか洋服に元気が出てきた気がします。その洋服を着て生活すると気持ちも引き締まりますね。
 
ちなみに洗剤は、インドのスーパーマーケットで購入したインド国産のものを使用していました。帰国後実家に数日間滞在していたのですが、家族から「インド臭がする」と言われました。なにをもってインド臭とするかはさておき、インド国産の洗剤もこのインド臭を醸し出すのには十分な要素の1つとなっていたのでしょう。
 
インドで購入した洗剤は、日本の「ほんわり香る」類の洗剤ではもちろんなく、インド人独特の体臭を消すためなのか比較的強烈な臭いを発していました。その洗剤の臭いが洋服から離れるまでにも時間がかかりました。国民によって好ましいと感じる匂いも異なるのかと感じましたね…。
 
さて今回は洗濯という観点から感じたことを書いてみました。日本→インド→日本といった具合に生活環境が変わると、改めて実感することも多いです。今後は日本に帰って来たからこそ感じることや、これまで紹介していなかったエピソードなどをぼちぼち書いていきたいと思います。
 
引き続き、よろしくお願いします!
では、失礼します。

27. Epilogue

 

みなさんなますて。庄山です。

2/25(水)の朝8時に成田空港に到着して、約半年間にわたるインドでのインターンシップを無事に終えることができました。前回のブログの最後に、次回がインドで書く最後のブログになるだろうと書いたのですが、日本に着いてから書くことになってしまいました(笑)

(ジャーマー・マスジット(モスク)でヨーロッパから来たお子様と)
 

さて、前回のブログまででインターン中の学びなどを包括的に書いてきたつもりでありますので、今回のブログではお世話になったアイセック大阪大学委員会の方へ感謝の言葉を伝えて、インドでのインターンシップに関する最後の投稿にしようと思います。

 

始めに、アイセック大阪大学委員会のみなさん、インドでのインターンシップをサポートしていただき本当にありがとうございました。昨年の4月まで野球一筋に活動してきた僕にこのような経験ができたのも、「アイセック」という組織、そしてそこで活動するみなさんがいたからこそだと思います。

 

僕は一浪一留で高校の同期が実は会社で働いていたりするわけですが、彼らから話しを聞くと大学で海外経験を積んでおけばよかったとよく言っています。もちろん会社にもよりますが、海外経験を積めるだけの時間が会社に入ってからなかなか取れないですし、海外展開を積極的にしているような会社でも、数年国内で勤務した後にようやく会社が海外へ出してくれる場合も往々にして存在します。

 

さらに海外に会社が出してくれると言っても、最初は1週間程度の主張から始まり、徐々に期間が長くなる場合が多いです。このペースで働いていくと海外に駐在できるようになるには、もちろん人にもよりますが、ある程度の年数を要することになるでしょう。しかも会社側も、社員すべてを海外に送り出すわけにもいきません。海外向けの人材と国内向けの人材で役割を分担し、各々に適した場所で仕事をさせることでしょう。

 

したがって学生時代に海外経験をしていれば、会社側も「こいつは将来海外に送り出そう」と考える傾向が強くなると思います。また海外から見た日本という感覚を持っているため、日本国内で仕事をする際にも多様な視点から物事を捉えることができるはずです。自分の選択肢の幅を広げる意味で、海外でしかも働くという経験は非常に意義深いものになるのではないでしょうか。

 

新卒でどこかの会社に入社すれば、基本的に30年から40年、もしくはそれ以上働くことになります。年金の受給開始時期が遅れていることや日本人の寿命が伸びていることなどを考えると、それ以上働く可能性も充分にあります。この長期的なスパンで考えたとき、自分のやりたいことや意義のある経験を蹴ってまで会社に早く入社する必要があるでしょうか。同期が就職活動をしているから自分もやる必要があると焦り、大事なことを見失ってはいないでしょうか。

 

その「当たり前」をしっかり考えた上で就職するなら就職すればいいですし、就職よりも大事なことがあると思えばそちらに進めばいいと思います。もちろんその選択は自分一人のものではありませんから周囲とよく相談をして決める必要がありますが、まずは自分が本当にどうしたいのかをよく考える必要があると感じています。

 
(アコモデーションでの1枚)
 

前回のブログでも書きましたが、僕は今回のインターンシップを通じて可能性が広がりました。インターンを通じてなにか特別な技能を得たわけではありませんが、自分の進みたい道がクリアになり、友人が日本でのインターンを紹介してくれ仕事の幅が広がり、新たに挑戦したいことも生まれました。

 

しつこいようですが僕は一般的な人より2年間遅れているので、既に会社で働いている友人がいたり、今月卒業式を迎える友人がいたりします。普通なら焦るとこなのでしょうが、実を言うとそこまで焦りの気持ちがないのです。むしろこれからどのように自分のキャリアを描き、どのように社会に自分の経験を還元していこうか考えることにわくわくしています。もう少し焦った方がいいですかね?(笑)

 

小学生くらいの年齢のとき将来のことはよく分かりませんでしたが、いわゆる「普通」な人生を歩んでいるのかなとだけは想像していました。20歳を超えたら好奇心が薄れてきて、思い切った決断もしなくなり、だんだん行動力も衰えていくと思っていました。…しかしそのようなことは全くありませんでした(笑)

 

いや、そう思えているのはつまるところ、自分が選択に迷ったときに敢えて困難な方へ歩を進めてきたからかもしれません。一般的に人は困難でない選択をしますから、僕はなにかとマイノリティであったと思います。しかしそのマイノリティへ勇気を持って1歩を踏み出し、なんとかもがき続けることで新たな視界が開けてくる、それが僕のあくなき挑戦心の源なのかもしれません。

 

これまでにも色々と思い切った決断をしてきたという思いはありますが、なかでも今回のインターンシップは別格でしょう。内定を辞退して、1年間休学をして、しかもインドに行く、今までの人生のなかで最も大きな決断だったのではないでしょうか。この決断をして良かったと思っていますが、本当に良いかどうかはまだ誰にも分かりません。

 

決断自体に正解や不正解はなく、大事なことは「決断したことを正解にする努力をし続けることでその決断を正解にする」ことではないでしょうか。そもそも私達が生きる社会に絶対の正解は存在しません。正解らしきものが漂っているだけです。このような環境下で私達は常に決断を強いられています。

 

決断をする上で、様々な角度からの下準備が重要なのは言うまでもありません。しかし最終的にどのような決断をしようとも、それが正解かどうかはその決断をした瞬間には分かりません。正解かどうかを知るには長い期間を要するどころか、いつまでも正解かどうか分からないかもしれません。

 

このような不確実性に満ちた環境においてやるべきことは、最大限の準備を普段から心がけ、思い切って飛び込み、選んだ道を正解にするための努力をし続けることであると思います。その意味でインドでの研修自体は終わってしまいましたが、研修から派生していく活動はまだ始まったばかり。あのときの選択を正解にするためにも、これからも努力を継続していきたいと思います。

 
(マハラジャキングス(ソフトボールチーム)で秋季大会後の1枚)
 

また話しが長くなってきてしまいました。末尾になりますが、僕のインターンシップを支えてくださったアイセック大阪大学委員会のみなさま及び関係者のみなさま、そして拙文にも関わらずブログをお読みくださった読者のみなさま、改めまして心より感謝申し上げます。今後ともよろしくお願いいたします。では、失礼します。

26. 学び多き

 

みなさんなますて。庄山です。

本日2/20(金)を持ちまして、約半年にわたるShepHertz Technologiesでのインターンシップが終了しました。帰国予定日は2/24(火)ですので、インド生活はもうしばらく続きますが無事にここまでくることができました。インドでの生活はこちらから。

(参考:3. インド大冒険 http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=187

(参考:5. 近視眼的思考 http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=189

(参考:6. 英語を使う http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=190

(参考:13. 時間への認識 http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=203

(参考:18. 新年のご挨拶 http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=208

 

日本で日系企業が行うインターンシップには参加したことがありますが、期間は長くても5日間でどうしてもイベントのようになってしまいます。それを考えると半年間という長期にわたって働くことができたのは、今後のキャリアを考えていく上で非常に意義深いと感じております。

 

そもそも海外インターンに行く決意をした理由が、海外で働くことで自分のキャリアを考える材料にしたいというものでしたので、その意味で今回インドまで来て半年間働いたかいがあったと感じています。今回のブログでは、インターンシップを通じて学んだことを書いていきます。海外インターンに対する思いはこちら。

参考:4. なぜ海外? http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=188

参考:7. 選択を考える(前編)http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=191

参考:8. 選択を考える(後編)http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=192

やりたいこと

・国と国をつなぐ仕事をしたい

・民間による社会問題の解決

これらのことは以前にブログでも書きましたが、ある中国人との出会いに感銘を受けてこのような仕事をしたいと思うようになりました。このエピソードは何度かここで紹介しているので、言及は避けることにします。ある中国人とのエピソードはこちら。

参考:17. 一期一会 http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=207

 

また自分の経験を振り返った結果、

・人と人をつなぐ

・問題解決

という点に、自分のイップスになった経験と近いものがありました。こちらのエピソードも既に何度か書いていますので、省略させていただきます。これらの「やりたいこと」を通じて悩んでいる人に1歩を踏み出す勇気を与えたい、というのが僕の夢です。僕のモチベーションに関する原体験に関してはこちら。

参考:12. モチベーション http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=202

参考:19. 本年の抱負 http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=209

参考:20. 思いの具体化 http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=210

参考:21. 自己の代替可能性(上)http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=211

参考:22. 自己の代替可能性(中)http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=212

参考:23. 自己の代替可能性(下)http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=213

 

行動を起こす

上記のやりたいことを踏まえて、帰国後なにができるかを考えてきました。詳細は後日また書こうと思っていますのでここでは簡潔にお話しします。大きく分けて3点、帰国後に実際に行動に移していこうと考えています。

 

1. 知ること(卒業論文・Spice Labライター)

国と国との関係を知り、社会でなにが起きているのかをまずは知る必要があると思います。卒業論文では国際関係をテーマに社会を分析したいと考えています。それから実はhttp://spice-lab.com/ でライターとして記事を書いていて、起業家へのインタビューやインドの政治経済の記事を担当しています。これらの活動を通じて社会を知るということを進めていくつもりです。社会に対する考察はこちら。

参考:2. 大学の国際化 http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=186

参考:9. 捨てたもんじゃない http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=193

参考:24. 理想の社会とは? http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=215

参考:25. イタイ = 意識が高い? http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=216

 

2. 発信すること(AIESECブログ・Co-mediaコラム)

今の自分にどこかもどかしさを感じている方が、僕の経験を読むことで現状から1歩を踏み出す勇気を持ってくれると嬉しいです。人間はみな違いますから、僕はロールモデルになろうとは思いません。悩んでいる人に対して選択肢を提供したいと考えています。そのためにAIESECブログ(アイセック大阪大学委員会・アイセックジャパン)やCo-media http://co-media.jp/author/jun-shoyama/ )で自分の経験を発信し続けようと考えています。

 

3. 働くこと(長期インターンシップ)

自分のやりたいこと、あるいはやりたいことに近いことを社会に出て働くことで経験できないかと考えました。幸い僕の友人がスローガンという会社を紹介してくれ、会社と考えが一致すれば長期インターンシップをしようと考えています。http://recruit.slogan.jp/

 

上記に挙げた3点は、全てインドでのインターンシップから派生しています。Co-media のコラムをお読みになったSpice Labの編集者の方から連絡があり、何度かお話しするなかでライターとして記事を書くことになりました。またスローガンでの長期インターンのお話しは、インドでのインターンの経験が買われて僕に話しが回ってきました。

 

1つの仕事が他の仕事に派生していくのを肌で実感し、これもまた仕事の面白さであると感じています。ただし自分に仕事が回ってきたからとりあえず取り組むのではなく、その仕事が自分にとってどのような意義があるのかを考えることは非常に重要です。自分が実現したいことに対してその仕事がどのような役割を担っているのかを考えないと、周囲に流されて逆に仕事に潰されてしまいます。

 

働く上で大切にしたいこと

大局観を持って仕事に取り組んでいることが重要だと感じました。つまり社会と会社のことをよく考えた上で、社員11人が仕事をしているということが大切であると感じています。会社の目標や現状を聞いてもなかなか答えが出てこない状況では、その会社が一体なにをしたいのかが見えてきません。インターン中はこのようなことがよく起きており、会社が目指しているものが見えませんでした。

 

会社の目指すものが見えないと、その会社の構成員はなにをすればいいのか分からなくない右往左往してしまいます。あるいは、おのおの好きな方向に突き進んでしまいます。これでは人材を最適に活用できているとは言えず、その会社が生み出す効用は最大化されません。会社にとっても社員にとっても、そして社会にとってもメリットがないと言えるでしょう。
 

このエピソードに関しては、日本の役割(上〜下)で書きました。インド人と議論を進めていけども、彼らの考えていることが明確になりませんでした。このような経験から、目先のことだけに注力するのではなく、マクロな視点とミクロな視点の両方を活用して物事を捉える必要があると思いました。仕事に関するエピソードはこちら。

(参考:0. Prologue http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=183

(参考:1. Introduction http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=184

(参考:10. リーダーシップとは(前編)http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=200

(参考:11. リーダーシップとは(後編)http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=201

(参考:14. 日本の役割(上)http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=204

(参考:15. 日本の役割(中)http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=205

(参考:16. 日本の役割(下)http://ep-osaka.jugem.jp/?eid=206

さて、今回のブログではインドでの生活を通じて考えたことをまとめ、それを踏まえた上で今後なにをしていくかについて言及しました。考えたことを実際に行動に移すことが重要であると思うので、月並みですが頑張っていきたいと思います。おそらく次回のブログが、インドで書く最後のブログになると思います。ここまでお読みいただきありがとうございました!失礼します。


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