25. イタイ= 意識が高い?

 

みなさん。なますて庄山です。

2/7(土)にデリーで選挙が行われ、2/10(火)に投開票が行われました。

参考:http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150210/k10015371551000.html

インドは29の州と7の連邦直轄領から構成されていて、それぞれの州や直轄領でそれらを統治する政治家を選ぶための選挙が行われます。日本でいうところの都道府県議会のような存在です。先の選挙はインドの首都ニューデリーを含むデリーでの選挙でしたので、国民からの注目度が非常に高まっていました。日本でも地方で行われる選挙より、首都圏の選挙の方に自然と注目が集まり盛り上がりますよね。その良し悪しはここでは置いておきますが。

 

選挙の結果は上の参考記事にも書かれているように、AAP(庶民党)が70議席のうち67議席を獲得し圧勝。モディ首相が所属しているBJP(インド人民党)がわずか3議席にとどまり惨敗しました。昨年の5月から飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進してきたモディ政権ですが、ここにきて思わぬ障害にぶつかることになりました。

 

会社の同僚に選挙について尋ねてみると、今回の選挙は事実上AAP(庶民党)とBJP(インド人民党)の一騎打ちで、前者は政治の腐敗をなくすことを焦点とし、後者は経済成長を焦点としていたそうです。政権与党であるBJP(インド人民党)に対する批判として、政治資金の使途が明らかにされていなかったことが大きく取り上げられていました。インドは伝統的に政治が腐敗しています。国会議員や州議会議員には縁故を頼っている者が大勢存在します。会社の同僚に言わせると彼らが大学を出ているケースは少なく、なかには読み書きすらできない人もいるそうです。

 

一方、インドでホワイトカラーとして働いている人は非常に少なく全体の510%と言われています。そうは言っても人口12億人のうちの510%ですから、単純に日本と同じかおそらくそれ以上のホワイトカラーがいることは事実なのですが。ただし一般的には農業やオートのドライバー、キラナと呼ばれるパパママストアに従事する人が圧倒的多数を占めています。ホワイトカラーのインド人はそれ以外の人と比べて給料が高く、安定して収入を得ることができます。つまり彼らはインドのエリートなのです。

 

そのホワイトカラーとして働くためには、大学を卒業することはもちろん、留学やインターンなどを通じて自分の付加価値を高める必要があるのです。このような努力を積み重ねてきた彼らからすれば、実力がないにも関わらず政治家として権力を持つ立場にいる人など言語道断でしょう。彼らのなかでも優秀な人物は政治を見限って、国外で働くことを選ぶ人も一定数います。アメリカやイギリスなどの先進国に加え、東南アジアやアフリカで働くインド人も増えているそうです。

 

しかしだからといって国民の政治参加意欲が低いことはありません。うちの会社では毎週金曜日の1230から13301時間を使って「English Session」なるものが開かれます。これは社員の英語力向上を目的としたもので、会社の裏番長のような長老が会を運営します。最初の30分は長老からありがたいお話をいただき、その後は社員が英語で自己紹介をしたりグループディスカッションをしたりします。

 

先週の金曜日は長老から最初の30分を使って「原子力」に関する話しをいただき、その後社員をAAP(庶民党)支持とBJP(インド人民党)支持の2つに分けグループディスカッションが始まりました。少し話しは逸れますが、原子力の話しの最初に日本に原爆が落とされた歴史を長老が語っていて、日本のどこに原爆が落ちたのかを社員のインド人に長老が尋ねると広島と長崎を答えることができていました。この出来事は日本以外にもよく知られているのだと実感した次第です。

 

さてデリーの選挙に関するディスカッションが始まると、議論の秩序なんてもちろんありません。AAP(庶民党)が汚職の伝統を断ち切るだの、BJP(インド人民党)が経済成長を通じてインドを良くするだの、とにかく自分の考えを主張していました。みんながインドの政治を真剣に考えている印象を受けました。日本では、政治をまるで我がことのように議論することなど全くないですよね。インドは世界最大の民主主義国家ですが、その名にふさわしい熱い議論を見た思いがしました。

選挙前の白熱した議論。左側がAAP(庶民党)を支持。右側がBJP(インド人民党)を支持。

 

それに比べると日本の民主主義は非常に未熟ではないでしょうか。国民が政治の話しをすることはほとんどないですし、たとえしたとしても増税や集団的自衛権など比較的大きな問題が表出したときにのみ議論が起こります。しかしいったん問題が落ち着くと、そのような問題がまるでなかったかのように政治への無関心が再び始まるのです。長期的な視点で政治を考えるのではなく、なんとなく今の感情に流されて動いているだけのような気がします。

 

僕は以前から日本で生活していてある違和感を持っていました。どのような違和感かというと、政治の話しをすると意識が高いと言われ、どことなく政治に関して議論することを避けようとすることです。民主主義の国にも関わらず、なぜ国民11人が政治に関心を持たないのかと思っていました。日本社会を動かす中枢は紛れもなく日本の政治にあると思います。人の好みはそれぞれですから政治にどっぷり浸かる必要は必ずしもないと思いますが、社会を方向づける政治にもう少し興味関心を持ってもいいのではないかと感じています。

 

人は物事を判断するとき、なんらかの判断基準に従ってその判断を行っていると思います。これを意識して判断している人もいれば、無意識に判断している人もいると思います。日本人のなかだけでも様々な価値判断の基準があると思いますが、一般的に多くの日本人が持っていると思われる判断基準があると感じています。それは「イタいかイタくないか」です。そしてこの言葉は「意識が高いか高くないか」に置き換えることができると思います。「意識が高い」の省略が「イタい」です。(意識が高い イシキがタカい イタい)

 

その一例が政治について考えることだと思います。政治の世界でなにが行われているかよく知らずなんとなく難しそう、というイメージだけで政治を自分から引き離し、それについて考える人を別次元の人と捉えます。そして彼らのことを、皮肉を込めて「意識が高い」とするのです。彼らが「意識が高い」という言葉を使うとき、その裏には「イタい」というインプリケーションが含まれています。

 

他者を「意識が高い」と唱える人の根底にあるもの、それは「多数派か少数派か」であると思います。その判断基準には多数決で決めたことが正しいという意識があるのでしょう。本当にそうでしょうか。むしろ人は多数派のなかに自分が含まれているとき、付和雷同となっているのではないでしょうか。空気に抗えず周囲がそう言っているから自分もそうすることは、日本社会で生きている以上嘘偽りなく実感として誰しもが持っている感覚ではないでしょうか。

 

そもそも近代政治学の基本は「多数派が決めたことは間違う」という前提に基づいて政治を行うべきだとするものです。本来なら一部の優秀なエリートが国家や組織を動かすべきだとされています。ちなみにここでのエリートとは、私利私欲を求める存在ではなく、公的なものへの関心が強い人のことを言及しています。現在民主主義が一般的に採用されているのは、他の政治形態と比べて「まし」だから採用されていることを認識しなければなりません。

 

ここで僕が言いたいことは、社会主義や共産主義を採用するべきだということではありません。これらの政治形態が上手くいかないことは歴史が証明しています。僕が言いたいのは、民主主義を最大限機能させるべきだということです。この最大限機能させた状態とは、国民が政治を主体的に捉え考えている状態であると思います。

 

このように考えたとき、日本の政治が上手く機能しているとは言い難いでしょう。論点は様々にありますが、日本に充満するある種の空気が、人々が主体的に考えることを止めてしまっていると感じています。その空気とは先にも説明しましたが、「意識が高い = イタい」という価値基準であると思います。この価値基準を打ち破らない限り、日本の民主主義が本質的な意味での民主主義として機能することはないと考えられます。

 

日本では現状に違和感を持って行動しようとしても、それが「イタい」とされ思い切った行動を個人が取りにくい環境があると思います。この「イタい」という価値基準は周囲の目によって形成されています。周りが「イタい」と思うかそうでないかが自分の行動を規定している、いやせざるを得ない空気に包まれているのです。

 

この空気を打ち破れない原因は日本の特殊な宗教環境に起因していると考えられます。日本のなかには主として神道や仏教が宗教として存在していますが、いずれも絶対的な存在として機能しているとは言い難いでしょう。クリスマスを盛大に祝った後すぐさま神社で初詣をしてしまうような国民性です。日本国民に絶対的な神の存在を説いても、徒労に終わるのが目に見えています。

 

一方で例えばアメリカでは、神の視点によって自己を律するという価値判断ができます。今この瞬間行おうとしている自己の行動が、神から見た場合どのように映るのかを考えることができるのです。このような価値基準を持つ人はたとえ周囲に「イタい」と思われたとしても、神の存在は人の考えを凌駕すると考えられていますから神とって良い行動を考えることができます。神の視点を持つか持たないかは、日本と諸外国の大きな違いと言えるでしょう。

 

このような日本の状況を踏まえた上で、日本の民主主義を最大限活用するためにはなにが必要でしょうか。僕は「心」に注目することが重要であると考えます。日本人は「心」という言葉を多用し、「心」に重きを置きます。しかしよくよく考えてみると、この日本的な「心」とはなにを示しているのでしょうか。英語でこの言葉を表現しようとしても最適な訳語が見つからないことに気づくはずです。「Mind」「Heart」「Spirit」どれも当たっているようで当たっていない気がします。

 

この「心」こそ、日本的な神を表現する存在のように思われるのです。そして今の日本の「イタいかイタくないか」という判断基準は、その判断基準で考える人が社会に増えた結果であると思います。つまりこの判断基準を打ち破るには、現状の日本的な「心」の習慣を変える必要があるでしょう。ただしこの「心」の習慣を変えるのは容易ではないと思います。それは悪い「心」の習慣で世の中が長い時間回り続けてきたからです。

 

僕がこの「心」の習慣を変えるために必要だと考えていることは、理想の生き方を再定義するということです。日本では大企業に入り30歳前後で結婚して子供が生まれ同じ会社で定年まで勤め上げることが、理想の人生の送り方のように語り継がれてきた節があります。一方でアメリカでは、本当にできるやつは自分で企業を起こしその会社を成長させ、引退後は社会貢献することが人生の理想として受け入れられています。マイクロソフトを創業したビルゲイツはその典型でしょうか。

 

ここに書いたことは教科書や入試問題には出てきませんが、生きているうちになんとなく身につけてしまう考え方ではないでしょうか。しかし一体この理想の生き方とされる神話は誰が考えたのか。そのことを誰も教えてくれません。なぜなら社会の空気がこのような価値観を国民に提供しているからです。この空気を変えるためには、この空気を打ち破り活躍している人が増えることが必要でしょう。その活躍している人に続いて自分もこのようになりたいと思う人が増えてくれば、全体として少しずつでも「心」の習慣は変わっていくではないでしょうか。

 

さて今回は先日行われたインドでの選挙から話しが膨らみ、日本の社会またそれを内包する「空気」、そしてその空気を形成する「心」の習慣にまで話しが及びました。異国の地で暮らすからこその実感や発見が様々にあり勉強になりますし、帰国後も勉強を重ねていきたいと思う今日この頃です。インターンも残り2週間を切りました。学び残しがないようにやり切ります。長らくお読みいただきありがとうございました。失礼いたします。

24. 理想の社会とは?

 

みなさんなますて。庄山です。
1/26(月)はRepublic Dayでした。米オバマ大統領がインドを訪問。ちなみに昨年は安倍首相がインドを訪れたそうです。


ショッピングモールも共和国記念日を祝い装飾が施されていました。

ヒンディー映画を観てきました。前回映画を観たときは輸入物で英語版でしたが、今回はボリウッドで制作されたものです。

ヒンディー語が分からなくてもストーリーを理解できます。この映画ではヒロインが結婚詐欺をあらゆる男性に仕掛け、財産を次々と奪っていきます。恐ろしや。
 

はじめに

前回のブログで、主体的に考え続けることが重要であると書きました。考えた結果漠然とした目標のようなものは見えてきたのですが、まだまだそれが具体化されていないと感じていますので、これをより明確にして日々の努力に反映させたいと考えています。今回はその具体化の過程をここに書きたいと思います。

 

実現したい社会とは

どのような社会を作りたいか?

 

という問いは非常に難しいものです。考えたことがない人も多いのではないでしょうか。実際に僕自身もこの難しい問いを考えることを避けてきたような気がします。しかしインターンシップを通じて社会との距離が近くなり、様々な価値観を持つ人と出会う中で刺激を受け、自分がこれから本格的に関わっていく社会の有り方について考えるようになりました。

 

そもそも社会とはなんでしょうか。僕は「自立した共同体」であると考えます。社会が自らものを考え、臨機応変に判断を下していくのです。そしてこの共同体を構成するのが「個人」です。個人が自らものを考え判断を積み重ねた結果が社会、つまり「自立した共同体」であると思います。日本社会はこのような社会としての機能を健全に果たしていると言えるでしょうか。この議論は後に回します。

 

ここで上記の「どのような社会を作りたいか?」という問いに答えるとすれば、簡潔に言うと「平和な社会」となります。以前にブログで書いたように、僕はインドである中国人の若者と出会いました。最初は聞くのをためらっていたのですが、思い切って彼に日中関係についてどう思うかと尋ねると「This is only country level」と答えました。

 

日本でのマスコミからの情報で作られた中国人のイメージが大きく変化した瞬間でした。なにかと言うと反中の文字がブラウン管や紙面を賑わし、書店にもそれらに関する本が多く並んでいます。しかしそれは日中関係を表現するには大きなバイアスがかかっていると言えるでしょう。実際に中国人に会って話したことのない人が、想像でなにかを語っているだけではないのでしょうか。

 

インドには多くの中国人がいるので彼らと話すことがしばしばあるのですが、インドやアフリカ出身の人よりも感覚が近いと感じられ話しやすいです。やはり両者とも漢字を使い、地理的な条件や食べ物が似ているために、お互いに分かり合えることが多いのではないでしょうか。日本国内だけを見ても人は環境に影響される生き物だということが分かりますが、国単位で見るとその事実がよりくっきりと浮き彫りになります。

 

このように実際に話してみると非常に分かり合える存在であるにも関わらず、領土問題や政治家の失言等で日中関係がこじれてしまうことに落胆せざるを得ません。インドで生活をしていて度々聞かれることの1つに「日本は中国と仲が悪いのか?」があります。僕としては仲が悪いとは決して思えないのですが、国レベルで日中関係を見てしまうと仲が悪いと捉えられても致し方ないと思えてきます。

 

このアジア情勢に関わる問題解決を通じて、日本そしてアジア、引いては世界が平和な社会になることを実現したいと思いました。このような社会を実現するためには「民間主導で自立した経済の仕組みを作る」ことだと考えました。対立の絶えない政府に任せるのではなく、各国の民間どうしでつながりを紡いでいくことが重要だと思います。

 

日本社会への理解

このように考えたとき、日本社会への理解が不可欠だと感じました。日本に住んでいる以上日本社会の影響からは逃れられないでしょう。多かれ少なかれ影響を受けているはずです。インドに来てから、インドにある様々なものに対して評価を意識的にも無意識的にもしています。インド人の価値観や道路鉄道、食事などにある評価を下しています。

 

ここでの評価基準とはどのようなものでしょうか。それは日本人の価値観や日本の道路鉄道、日本の食事であるわけです。つまり日本で生まれて育った以上、インドのものと日本のものを比較してしまうわけです。このときに日本のことがよく理解できていなければ、正確な比較ができなくなってしまいます。道路鉄道や食事に関しては比較しやすいかもしれませんが、価値観となると話しが込み入ってきます。そこには歴史的そして宗教的な背景や、現在の世界情勢を加味した上で考える必要のある問題であると思うからです。

 

インド人の価値観に関する、

 

・時間に非常にルーズなのはなぜか

・地位や身分を非常に重視するのはなぜか

・物事に対して猪突猛進なのはなぜか

 

等の疑問はインドの社会的な背景を理解していないと答えられないと思いますし、そもそも日本人である自分はなぜこのような疑問を持つようになるのかという問いについても、日本人の価値観に関わるという意味で日本の社会的な背景を知る必要があると思うのです。

 

インドで暮らしていると、

 

・日本とはなんなのか

・日本人である自分とはなんなのか

 

という問いにしばしば出くわします。それは外国人から日本について質問をされたとき然り、インドを歩いているとき然りです。日本にいたときはこれらの問いについて考えることは大事だと思っていても、考える重要性を見出せず問題を後回しにしていたきらいがありました。しかし日本を離れて5ヶ月も生活をしていると、日本に対して興味が沸いてきて日本を勉強したいと思うようになりました。そしてその日本で生きる自分とはなにかについても知りたいと思うようになりました。

 

日本の見方

このように考えてみると、「平和な社会」を実現するためには日本への理解が不可欠であると思いました。日本をどのような文脈で理解すればいいのかを考えるために、2つの視点が重要であると考えました。

 

・日本から見た日本 江戸時代、明治維新、第2次大戦を経験した日本

・世界から見た日本 グローバル化した世界の中での日本

 

内からも外からも俯瞰的に分析することは重要であると思います。どちらの視点も勉強していこうと考えているのですが、特に後者の世界から見た日本に力を入れていこうと考えています。それは僕が日本を離れてから、日本について詳しく知りたいと思ったことが原体験として存在しています。世界の文脈の中で日本を捉え、そこから日本と世界の関係を考えたいと思います。

 

もう少し具体的に言うと、ミクロ経済とマクロ経済をもう一度学習し直した上で国際経済学を学びたいと考えています。大学の講義は専門に特化することなく広く浅く、そして興味のあることが出てきたら掘り下げていこうと考えていました。だいぶ遅くなりましたが、今こそ専門性を追い求めるときであると感じています。

 

経済学は今まさに社会で起きている問題を解決することで発展してきた学問です。ケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』は、アメリカが1930年頃発生した世界恐慌を克服するために書かれたものです。当時の古典派経済学の失業に対する考え方を改めることになった理論です。昨今の世界はグローバル化と言われて久しいですが、そのグローバル化によって大きなひずみが生じてきています。今まさに起きている問題を解決して発展してきた経済学の歴史的な経緯を鑑みて、日本社会への理解を深めていきたいと考えています。

 

グローバル化の流れが問題であるならばその流れに逆らえばいいのではないかとも思いますが、僕がインドで生活した経験から申し上げるとそれは難しいでしょう。近年のグローバル経済の流れは成長や拡大を重んじ新自由主義と呼ばれています。企業は自社の規模拡大のために世界中で商機をうかがっています。

 

なぜこの流れに逆らうのが難しいかと言うと、これから話すことはインドでの経験によるものですが、インド人の幸せの定義がモノへの欲望に依存しているからです。インドでは高度成長期の日本のように、良い車や良い洋服といった具合に少しでも良いモノを手に入れたいと思う人が多いです。iPhoneはインド人からすると高級品のようで、iPhoneを持つことが1つのステータスのようになっています。

 

すなわち彼らにとって良いモノを買うことが幸せなのです。ここで言う良いモノが見た目が良く便利で快適なモノであるとしましょう。見たが良いから、便利だから、快適だから幸せだということにはなりません。高価な洋服を買って一時は幸せでも、次第にそれに慣れてしまいその洋服を着ても幸せでなくなってしまうことは往々にしてあると思います。

 

つまり見た目の良さや便利快適の上位概念として幸せが存在するということです。このことに気づいていないインド人は多い、というよりむしろほとんどだと思います。しかしこれはインドが悪いわけではなく、国の発展段階の問題であると考えられるでしょう。日本にもかつてモノが重視された時代がありました。しかし時代が進むにつれて、モノが私達の幸せを担保するという考え方に疑問が呈されるようになったと思います。

 

当時の日本人にモノの上位概念に幸せがあると伝えても納得してくれる人は少なかったのではないでしょうか。それを考えるとインド人にそれを伝えても、理解されるのは難しいと言えるでしょう。インド人の方向性としてはやはりまだ「拡大」なのです。したがってインドにグローバル化の流れに逆らおうと提案したところで、現実的には厳しいと言わざるを得ないでしょう。

 

この状況を考慮した上で僕が考えていることは、拡大という方向性は避けられない事実としてあるが、拡大する方向を正しい方向に導けないかということです。簡潔に言えば、「儲けるためになんでもする」ではなく「儲けるためには良いことをする必要がある」という考え方をいかに共有できるかだと思います。経済発展に伴う資源や環境問題など問題は複雑多岐に渡りますが、持続可能な開発を企業そして個人が意識すればこれらの問題は少しずつ良い方向に向かっていくと思います。このような経済の仕組みを作りたいと考えています。

 

日本の自立

ここで最初に議論したテーマに戻ります。日本は本当に自立した国家であるのか。率直に申し上げて自立しているとは言いがたいです。日本という国単位の規模で見るとアメリカの影響を非常に大きく受けていますし、国民が日本の様々な課題に本気で取り組もうという意識が希薄であるからです。

 

日本が対米依存から対米中立に変化するためにはアジア情勢の問題を解決する必要があります。アジア情勢が緊迫した状態ですと、日本はアメリカの力を借りざるを得ずアメリカに依存した状態が続いてしまいます。逆にアジア情勢の問題にけりをつけることが出来れば、アメリカに軍事的に依存する割合が減少するでしょう。

 

僕は神奈川県の横須賀市出身ですので、アメリカ基地を身近な存在としていました。特にアメリカ人と問題があったというわけではないですし、共存共栄できればそれでいいと考えています。しかし有事の際には日本が適切な判断を下す必要があります。普段から依存するばかりでは的を射た対応は難しいでしょう。

 

これは3.11以降の原子力発電を巡る問題で浮き彫りになりました。原発が絶対安全であるという神話に「依存」していたがために、いざ事故が起きてみると政府や東電そして国民も適切な対応が取れませんでした。そもそもなぜ絶対に安全でない原発が日本各地に作られていったのか。その原因の1つが総括原価方式という電力会社に適用されるルールが問題となっています。

 

電力料金による収入 = 原価 報酬

 

電力会社は上記の式にから収入を得ているわけなのです。原価の欄には発電所の運転費用や営業費用などが含まれます。そして報酬は、原価 × 4.4% となります。つまり原価が大きくなればなるほど、電力会社社員がもらえる報酬が増えるという仕組みなのです。原発1機作るだけでも多額のコストを要しますが電力会社は痛くもかゆくもありません。いやむしろ、おいしいのです。コストが増えれば増えるほど報酬が増えるのですから。

 

そしてこの電力会社が政界と太いパイプを持っていたり、大手マスコミ各社に多額の広告料を払っていたりするので、3.11が起きて正確な情報を政府やマスコミは国民に向けて発信するべきなのに、東電の悪口は言えないし書けないとなってしまい情報が隠されていた現状がありました。この問題を引き起こしたのは中央政府や原子力発電所などのシステムに依存していたからでしょう。11つの組織そして国民が自立して問題を考えていれば、問題があそこまで拡大することはなかったと思います。

 

おわりに

さて長くなってきたのでそろそろまとめます。僕が理想とする社会は「平和な社会」でありそれは自立した共同体を意味します。このような社会を実現するためには、アジア情勢における日本の立ち振る舞いを考える必要があり、その上で、民間主導でアジア各国をつなげる仕組みを作りたいと思います。

 

インドに来てから既に5ヶ月が経過しインターンも残り1ヶ月を切りました。帰りの飛行機で1人泣かないかとか成田に到着したら泣かないかと心配している今日この頃ですが、あまり心配してもしょうがないので残りのインド生活を楽しみたいと思います。では失礼します。

 

23. 自己の代替可能性(下)

 

みなさんなますて。庄山です。

先日オープンしたばかりの「Cross Road Hotel」という日本人向けホテルに行って参りました。宿泊が目的ではなく、そこにレストランで食事をするのが目的です。Rs.1,900(3,500円程度)とお値段は高めでしたが久しぶりに野菜を多く食べることができ大変満足。

ドリンクが飲み放題です。インドで飲める日本のビールはアサヒスーパードライのみ。少なくとも今までにそれ以外の銘柄は見たことがありません。

ほうれん草のおひたしが身体に沁みわたります。

滅多に食べることができない豚肉。これほどまでに豚肉に感激したことはありません。インドに来てから食への期待値が暴落していたので尋常じゃないほどおいしく感じました。
 

さて今回は「なぜ自分か?」に対する僕自身の経験を書いていこうと思います。僕がこれからなにか新しいことに取り組む際に大切したい自分の思いを2つ挙げます。

 

8年間イップスで苦しみながらも野球を続けてきた思い

・内定を辞退して熟考した上での決断

 

前回のブログで「感情の振幅」と「その感情の継続期間」が自分にとって重要な体験を決定すると思うとお伝えしましたが、僕にとって上記の2つの経験は「苦悩」という感情を僕に授け、それもすぐに答えが出るような問題でもなく常にそして今でも考え続けている自分の体験であると言えるでしょう。

 

ここでこれら2つのエピソードの詳細を述べることはこれまでのブログで既に言及してあることですので止めますが、他の人またはモノではなく自分である必要があることを証明するための経験であると言えるでしょう。つまりここでは自分の経験の他の人やモノとの違いが自分に価値を提供していると考えています。

 

差異が価値を生む

 

これは僕が非常に大切にしている考え方です。僕は小学校3年生から13年間野球を続けてきた中でこの言葉の重要性を実感しています。野球でスターティングメンバーとして試合に出るのは9人ですが、他にも代打、代走、守備要員やベースコーチャーなど様々な立場の選手がいるからこそチームが成り立っています。

 

誰かと特徴が全く同様の選手など1人としていません。それは能力が互いに異なるからだけではなく価値観や性格もそれぞれ異なるために、プレー中の動きが変わってくるからであると言えるでしょう。逆に言えば他の選手との違いを明確に打ち出すことで、たとえライバルの選手より運動神経が劣っていたとしても、試合に出場する機会をつかめるということです。他の選手との違いによって価値が生じているからです。

 

僕はこのようなことに小学生のときに気づきかつ周りよりも運動神経が良くなかったことから、いかに他の選手との違いを打ち出しそこに価値を見出していくのかを考えて野球をやってきました。小学生の頃はアウトコースを右中間に打つ練習を徹底的に行うことで、自分の強みを作り上げていきました。高校時代には捕手としてコーナーワークを徹底的に勉強することで投手からの信頼を得ていきました。

 

また進路選びにもこだわってきました。高校、浪人時代の予備校、大学と、周囲の人が一般的には進学しない学校へ進みました。周囲と違うことをすることで価値を見出していくことを意識的にやってきたと思います。その歴史を考えると今回のインドへのインターンも突拍子なことでもない気がしてくるのです。

 

この歴史を振り返った上でやりたいことが2つあります。

 

・新たなロールモデルとなる

・理想の社会を作る

 

です。現状に縛られてなかなか前に1歩を踏み出せないような人は多くいると思います。彼らに対して自分の生き方が選択肢の1つとなってくれれば嬉しいと思っています。それから理想の社会として、「日本そしてアジア、世界が平和で持続可能な社会」を考えています。そのためには「民間で持続可能な経済の仕組みを作り上げる必要がある」と考えています。

 

理想の社会の実現に向けて現状僕自身大いに実力が足りていないことは重々承知です。しかし宣言しないと実現しないということを肝に銘じ、自分にプレッシャーをかける意味でもここに書きたいと思います。

 

ソフトバンクの社長である孫さんはほらを吹くことを勧めているそうです。彼は小学生の頃友人とキャッチボールをしていたときに、「将来は球団を持ちたい」と言ったそうです。数十年後福岡に本拠地を持つ球団を本当に持っているのですから驚愕ですが、とにかく言ってみることが大事であると思います。

 

人間は頭で考えていることを一度外に出してみて初めてそれが重要であるのかそうでないのかが分かるそうなので、友人と会話しているときにさりげなく将来のことについて話してみたり、このようなブログで勝手に宣言してみたりすることが大切なのではないでしょうか。

 

話しが逸れてきたところでまとめます。本当に今のポジションは自分である必要があるのかについて考えることはこれからますます重要になってくると思います。ではその際どの観点から考えればいいのかというと2点あって、「能力の掛け算」「思いの強さ」でした。これらを考えた上でやりたいことの方向を定めつつ修正しつつ、それを臆せず宣言する勇気を持つことが大切であると感じています。

 

最後までお読みいただきありがとうございました!失礼します。

22. 自己の代替可能性(中)
 

みなさんなますて。庄山です。
先日かねてより行きたいと思っていたインドのスタバに行って参りました。


インドには何度も期待を裏切られてきましたが、たしかにスタバでした。

棚にモノがきれいに並んでいるところに感動。

「チャイラテ」を購入。正式な商品名は忘れました。日本から持ってきた本3冊、日本人学校で行われた夏祭りで買った古本2冊を読み切ってしまったので英語の本を購入。McKINSEY & COMPANYが様々な人物のインドに対する意見を編集してできた本です。
 

さて今回のブログでは「なぜ自分か?」についての2つ目の提案、自分だけの原体験に基づいた思いを言語化してそれをモチベーションに生きていくについて考えていきたいと思います。それでは説明していきましょう。

 

2点目:自分の原体験をモチベーションに

人は生きていれば様々な経験を積み重ねることになります。良いことも悪いことも含めて自分の経験として積み重なっていきます。他人があなたの人生を生きることはできませんから、その積み重ねてきた経験はその人固有のものと言えるでしょう。そしてそれが人の価値観や性格の形成につながっていくと思うのです。もちろんこの価値観や性格もあなたならではのものだと言えるでしょう。

 

また様々な経験の中に自分にとっての優先順位があるはずです。ある経験から受ける衝撃の強さは決して均一なものではなく、山あり谷ありで違うはずです。ではその衝撃の強さはなにによって決定されているのでしょうか。僕は「感情の振幅」「ある感情の継続期間」の掛け算で決まると考えます。

 

両親がかわいい息子や娘を気遣ってあちこちに連れて行ったとしても物心がついたときにはほとんどその経験を忘れている、身に覚えのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。しかし父から怒られてベランダに締め出されたような記憶はいやに鮮明に残っていたりします。感情と言っても喜怒哀楽様々ありますが、この場合は「哀」の感情の振幅が大きかったのでしょう。ベランダに締め出され記憶をその後もしばらく引きずることになったため記憶に残ってしまっているのでしょう。

 

このように自分に大きく影響を与えた原体験が意識せずとも無意識に作用して、人の価値観や性格を形成していくと思います。したがって「なぜ自分か?」という問いに対して考える場合、自分の過去を振り返りなにが生きるモチベーションとなっているのかを考えることが大切ではないでしょうか。そこで思ったこと感じたことが他人と自分を差別する大きなポイントとなると思います。

 

さてここからは大変恐縮なのですが僕自身のことを書かせていただきたいと思います。毎度毎度インド生活とはまるで関係のないことを書いてしまい申し訳ないのですが、インターンの目標が「海外での生活と実際に会社で働いてみることで自分のキャリアについて考える」ことですので書かせていただきたいと思います。

 

と、本題に入る前に、そもそもなぜこちらのブログで自分の考えをつれづれなるままに書き連ねているかと言うと、昨年の4月部活を引退した後「自分の考えを相手に伝える」ことを意識的にやっていこうと考えたからです。ただそれだと少し弱いので自分の中で「主張力」をテーマに生活してきました。そして座右の銘を「挑戦」に設定し、いつもの自分なら相手に必要以上に気を使いすぎてしまい言えないことを発言しようと心がけてきました。

 

以前にブログでリーダーシップについて考察しました。僕は当時リーダーには「実績」と「信頼」が重要であると考えていました。僕は幸運にも大学1回生のときからキャッチャーとして試合に出場させていただき、大学2回生の秋季リーグ戦ではベストナインのタイトルも獲ることができました。これが実績の部分です。また練習中はレギュラーの自分が1番ひたむきに頑張らないと他の選手に示しがつかないと思い練習態度にも気を使いました。試合に出ている選手が練習中に手を抜いている姿が見られれば、試合に出る選手のモチベーションは急落してしまうので練習に対する意識は人一倍高かったと思います。この意識で部活生活をやり切りました。これが信頼の部分です。

 

この2つがあったからこそ同期が自分をキャプテンに選んでくれたのだと思いますし、キャプテンになった後もこの姿勢を大事にしていこうと考えていました。したがって僕がチームをまとめるときに意識していたことは、自分が部員に積極的に指示を出してまとめていくのではなく、1歩引いてチームを見てここぞという場面で自分の考えを伝えるというものでした。言葉よりも姿勢を重視してチームをまとめていました。

 

実際にチームをまとめる際には多くのスタイルがあるためになにが正解かは分かりません。リーダーや部員の価値観や性格などを考慮して方向性を決めていく必要があると思います。ただ当時の僕は「実績」と「信頼」の部分が評価されてキャプテンに選ばれたと思っていたのでそれらを尊重したいと思っていました。キャプテンとしての役目を終えて少し経った後、もう少し自分の考えを部員に伝えた方が良かったのかもしれないと思いました。「なにを考えているのか分からない」と言われることが部活中に何度かあったのを思い出したからです。

 

その発言に対しては当然その場で説明をするように心がけていたのですが、他の人から考えがよく分からないと言われる前に自分の考えを説明できていたならば、よりスムーズにチームの運営を行うことができたと思うのです。この点が自分に欠けているポイントであると感じたため、自分の考えを伝える場面では素直にそれを伝えるということを意識してきました。このブログは自分の考えを伝える場の1つであると思い文章を書いています。

 

さて長くなってきましたので今回はここで筆を置かせていただきます。次回は自分の経験から「なぜ自分であるのか?」について考え、このシリーズを終わりにしたいと思います。最後まで読んでいただきありがとうございました!失礼します。

21. 自己の代替可能性(上)

 

みなさんなますて。庄山です。

新成人のみなさま、成人おめでとうございます!ここのところFacebook上でよく「20歳になったけど今まで通りばかやっていきたいです!」という投稿をよく見かけますが、賢明な方には20歳になったと同時により一層気を引き締めて日々精進していただきたいと勝手ながらに思っております。20歳になってばかやって捕まったら、20歳未満で捕まるのとは社会からの扱いが変わってきます。このことを再度認識し直すのが成人式の1つの意味ではないでしょうか。

 

社会を斜めから見てしまう、僕の悪い癖です。

 

さて今回のブログでは「なぜ自分なのか?」という問いについて考えていきたいと思います。おそらくほとんどの人がそうであると思うのですが、11人ある組織や集団の中に属していてその中で各々ポジションを持っています。ここで今回のテーマである問いを投げかけたいと思います。そのポジション、あなたでなくて他の人やモノでもできるのではないか、と。

 

世界は今、ITの力を利用して一昔前には考えられなかったことを次々と実現しています。僕のインターン先(ShepHertz Technologies)で扱っている商品はアプリ開発者の方へのバックエンドサービスです。一般的に彼らがアプリを開発する場合UIUXのフロントエンドだけでなく、ユーザー管理や認証システム、プッシュ通知などのバックエンドのシステムもまた構築する必要があります。これを構築するのに大きなコストと時間がかかります。ShepHertzは彼らのアプリ開発をより低コストかつスピーディーにするためにサービスを提供しているわけです。

 

アプリ開発と一口に言っても様々な種類のアプリがあるのですが、代表的なものの1つとしてゲームアプリがあります。このご時世スマホでゲームをやることはもはや当たり前ですが、少し前まではプレイステーション等に代表されるコンシューマーゲームが主流でした。携帯電話が登場して、そこに多くの付加価値がつくことでそれがスマートフォンへと変化し、その影響がゲーム業界にも波及しています。このように少し前に主流だったものが新たな潮流に飲み込まれていく動きは特にここ最近活発になっているように思います。

 

そしてそのITの力が産業構造だけでなく人間世界にまで変化を及ぼそうとしています。ご存知のように今Googleが自動車の自動運転装置を開発しようとしています。もし商用化されればタクシードライバーなどの仕事がその装置に置き換えられてしまうのではないでしょうか。これまでにも徐々にITに人間の仕事が奪われる動きはあったと思いますが、さらなるハイスペックな機能を持つなにかが生まれればその動きは加速度的に進むことになるでしょう。

 

このような未来が現実として十分に考えられる中で私達人間はなにを考える必要があるのでしょうか。僕が思うのは冒頭でも述べたように、このポジションは他の人やモノでは代替不可能であり自分でないといけない理由は果たしてなにか、を考えることだと思います。この問いを無視し続けていると、気づいたら他の人やモノに仕事を奪われていたなんてことになりかねません。

 

ではなにを持って自分と代替不可能と言えるのでしょうか。グローバルな環境を生きるための英語力、でしょうか。そもそも自分がITの世界に入ってしまえば良いということで卓越したITスキル、でしょうか。いやそれとも仕事を生むための人脈、でしょうか。僕にはどれも大事に思えてきます。しかしこれがあるからと言って代替不可能と言えるかと問われると素直に頷くことはできません。なぜでしょうか。それはおそらく他にもできる人がいることを容易に想像できてしまうからではないでしょうか。

 

ここで僕は2提案をしたいと思います。1点目は、持っているものをかけ合わせることで代替不可能性を実現すること。2点目は、自分だけの原体験に基づいた思いを言語化してそれをモチベーションに生きていくということ。これら2点をこれからより詳細に説明していきましょう。

 

1点目:持っているものを掛け合せる

上記の文章で、英語力・IT・人脈という3つのワードを出させてもらいましたが、11つだけを見ていくとできる人は世の中に数多くいるでしょう。しかしこれらを掛け合せるとどうでしょうか。つまり、自分 = 英語力 × IT × 人脈 とするのです。もし周りを見渡して英語力は100人中1番、ITのなんらかの分野で100人中1番、人脈も100人中1番の広さを持っているとすればそれで1,000,000人中1番なれます。例が非常に単純で申し訳ないのですが考え方としては以上のイメージです。

 

実は日本では同年代の数が1,000,000人程度だそうです。自分のことを振り返ってみて、100人中1番のことを3つ探してみましょう。それを掛け合せれば同年代である分野に関してトップになれます。おそらく1つのことで1,000,000人中1番になるのは難しいでしょう。僕もこれまで生きてきてそのことを痛感しています。ではこのような困難に出会ったときどうするか、そう「困難は分割せよ」です。考え方を変えると見える世界が変わってくるのではないでしょうか。

 

長くなってきたのでここらで筆を置かせていただきます。続きは次回書くつもりでおります。最後まで読んでいただきありがとうございました!では失礼します。

20. 思いの具体化

 

みなさんなますて。庄山です。

1/12(月)が成人の日ということで、新成人の方は昨日今日あたりに実家に帰られる方も多いのではないでしょうか?この3連休でアルコールを大量に摂取することになると思いますので、体調に気をつけつつ楽しんでいただければと思います(笑)

 

日本では成人式ムードが高まりつつあるかもしれませんが、インドではいつも通りISTIndian Standard Time ではなくIndian Stretchable Time)が流れています。そのインドで最近僕は中華料理にはまっておりまして、今回のブログでは本題に入る前にアコモデーションの近くにある村の中華屋さんを写真でさくっとご紹介いたします。


厨房です。大きい中華鍋を手慣れた手つきで扱います。

カットされた野菜が並びます。ハエと共存しています。

自慢のまな板。色がこの世のものとは思えません(笑)すべてはこのまな板で切られます。

ディムサム(ミニ中華まん)とハッカヌードル(中華焼きそば)をいただきました。
これら2品で約250円なので結構お得です。最近自炊に飽きてきたのでしばらくこの村の中華料理屋さんにお世話になろうとおもいます。

 

 

さて中華屋さんの紹介が終わったところで今回の本題に入りたいと思います。僕はこのブログで何度か「悩んでいる人に1歩を踏み出す勇気を与えたい」と書いてきましたが、この思いをもう少し具体化させて考えたいと思います。目標があったらそれをブレークダウンさせて日々の行動に落とし込んでいくことが大切ですね。

 

ではそもそも「悩んでいる人」とはどういう人のことを指しているのでしょうか。簡潔に言えば「その場で止まっている人」だと思います。自分がどうしたいのか分からない、自分がどうすればいいのか分からない、だから前進することができていない人のことを言うと思います。

 

「悩む」と似ているようで大きく異なる言葉があります。それが「考える」です。悩んでいては思考が堂々巡りして前進できませんが、考えることでゴールを捉えそのためのプロセスを明確にしていく努力をすることができます。人を外から見る場合、ある時点のみで悩んでいるのか考えているのかの区別をすることは難しいですが、片方はその場に止まっているままで片方は前進し続けているのですから実は大きな違いを生んでいます。

 

以前ブログに書きましたが、中学2年生でイップスになったとき僕は非常に悩みました。そのときはまさに「どうしよう、どうしよう」という不安ばかりが先行して、具体的な考えが前進していませんでした。そんなときにイップスを克服してプロ野球入りを果たした山室さんの姿を見て大きな勇気をもらい、もう一度頑張る希望が湧いてきました。そこから自分の姿で悩んでいる人に1歩を踏み出す勇気を与えたいと思うようになりました。

 

まとめると、悩んでいる人が1歩を踏み出し主体的に考えられるきっかけを提供したいと考えています。その場に不本意にも止まってしまっている人に対してきっかけを与えたいなと。僕の経験を見て、こんな人もいるんだし自分も挑戦してみようかなと思ってもらえると僕としては嬉しい限りです。

 

挑戦する内容について僕は干渉するつもりはありません。おそらく挑戦する内容に「正解」を見つけるのは不可能ではないでしょうか。それは人によって価値観が異なるからです。生まれた環境や周りにいる人によってその価値観は左右されるため人の数だけ価値観があり、これについてあれこれ言うべきでないと考えています。それぞれの価値観によって決定された選択肢を「正解にしていく」努力こそ最も大事なことだと思います。

 

ここではあくまで自分の意思で決めた選択肢のことを想定しています。もしこれが他人から押しつけられた選択肢であるならば、それを「正解にしていく」プロセスに没頭できないでしょう。人から与えられたものから正解を見つけようとすると永遠に正解を探し続けることになるでしょう。自分で選び責任を持ってその道を進む、この覚悟が非常に大事だと感じています。

 

ただし自分で選択するにあたって他の人の経験を知ることは大切なことです。気になった人生を全部体験してから自分が歩みたい道を決めることができればいいのですが、あいにく時間もお金も足りないでしょう。「経験は最良の師、しかし授業料が高すぎる」というやつです。

 

そこで様々な人の人生を見て学ぶことは非常に重要だと思います。そして僕の経験もその中の1つの選択肢になれたら嬉しいと思います。その選択肢を見て共感してくれるか否かに関わらず、なぜ共感できるのか、なぜ共感できないのかを主体的に考えてくれれば幸いだと感じます。

 

だからこそ僕も万人に合わせた意見を発信していくのではなく、もちろんそんなことできないのですが、自分の思いを素直に伝えていこうと思います。以前インドで中国人のブライトで出会ったと書きましたがそのとき、

 

・日本と海外をつなぐ存在になりたい

・日本の国益に貢献したい

 

と思ったのでこれらに関することを中心に発信していこうと考えています。今はインドでインターンをしていますし、卒論では政策に関することを研究したいと考えているのでこれらのことを中心に発信していくつもりです。最終ゴールとして「日本、アジアそして世界が持続可能な社会になること」を掲げ頑張っていくつもりです。

 

このゴールは決して1人で実現できるものではありません。思いを同じにする仲間が必要となってきます。この仲間とは一緒に事業を推進していく人だけでなく、別の分野で同じ思いを持って頑張る人や後ろからそっと応援してくれる人も含まれています。タイトコネクションだけでなく、ソフトコネクションも一体となって目標に向かっていく必要があると思います。

 

では一体何人の人に影響を与えればいいのでしょうか。これに関しては今のところ全く分かりません。そもそもそこに正解などなく11人が思いを同じにして、主体的に考え続けることが最も大切ではないでしょうか。だからこそ僕は自分と関わってくれる人を大切にし、少しでもプラスの影響を与えられるように頑張りたいと思います。そしてその思いが少しずつでも広まってくれるのであれば嬉しいです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました!

では失礼します。

 

19. 本年の抱負

 

みなさんなますて。庄山です。

 

【成人式】

正月休みも終わり大学が始まっている頃でしょうか。今年成人を迎える方で下宿をしている方にとってはこの時期の大学の授業はできればさぼりたいですよね。年末年始に一度帰省して授業のために一度大学に戻り、成人式のために地元に戻り、それが終わるとまたすぐに大学に戻ってくるのは非常に面倒でしょう。

 

僕が成人式を迎えたのは1回生の頃だったのですが、年末年始と成人式の間に英語の期末テストがあってそれにはどうしても出席する必要があったので年末年始の帰省を諦めることにしました。成人式のために実家に戻ったのはいいものの23日のタイトなスケジュールに忙殺されていましたね。

 

地元に戻った最終日の次の日から部活の練習が始まる予定でしたので、その日にあった高校の同窓会が終わると同時に余韻の残る会場を後ろ髪引かれる思いで後にし、新横浜から新幹線に飛び乗りました。なんとも寂しい気持ちになりました。今年成人式を迎える方は一生に一度の機会を是非楽しんでください!甘酸っぱい再開が待っているかもしれません…!(僕は甘酸っぱさなど微塵も感じさせない元の野球部との出会いしかありませんでしたが)

 

【本年の抱負】

さて前回のブログの最後でも少しご報告した通り昨年の振り返りと今年の抱負を書かせていただこうかと思っていたのですが、僕にとって新年という感覚は実はあまりないのです。なぜかというと僕にとっての時代の分水嶺みたいなのは昨年の4月に野球部を引退したときだからです。

それまで苦労しながらも自分なりの思いをずっと持ってやってきた野球から身を引いたとき、自分の中で年が変わったような感覚を持ちました。それからはアイセックのインターンに参加を決めて、自分のなかで新たな目標を立てて、具体的にどういったことに取り組むのかを少しずつ落とし込んでいきました。

 

今はその目標をさらに具体化して、実現に向けて毎日1歩ずつ前進しているような感覚です。このブログで何度も書いてきましたが初心を忘れないようにもう一度書かせていただきます。

 

困っている人に1歩を踏み出す勇気を与えたい

 

今年もこれをテーマに生きていこうと思います。年が変わったから目標を考えるのではなくて、自分で日々目標を意識してそれを達成するために努力していこうと思います。昨年はそういう意味でも自分にとっては大きな変化の1年となりました。今までは野球という世界で目標を達成するために努力を積み重ねてきましたが、それがビジネスの世界に変わるわけです。

 

まあまあなにわともあれ、今年1年がみなさんにとっても僕にとっても良い年になるよう、そしてなにより健康で2015年を過ごせるように心よりお祈り申し上げたところで筆を置かせていただきます。ここまで読んでいただきありがとうございました!本年もどうぞよろしくお願いいたします。では、失礼いたします。

18. 新年のご挨拶

 

新年あけましておめでとうございます。

本日もインドからお送りいたします。庄山です。

 

【うらやましい…。】

みなさんはお正月をどのように過ごされましたか? 紅白に年越しそば、おせち料理に初詣と日本の正月の過ごし方がうらやましい今日この頃です。日本は年末年始になると会社が休みになることがほとんどであると思いますが、インドではそうはいきません。実際に僕も11日が休みになっただけでそれ以外は通常通りの勤務でした。

 

しかし通常通りの勤務と言ってもインド人たちはいつにも増してどこか上の空で、1231日から休みを取り故郷へ帰る人も多くいました。12日に関して言えば、社員35人中勤務をしているのは15人といった状況でして、それならいっそのこと会社を休みにすればいいのにと思いました。

 

僕自身今回が初めての海外での年越しとなったわけですが、1231日は会社のメンバーと飲み会に行った後インドよりも3.5時間早く年明けした日本の友人に新年の挨拶をしていました。僕がインドで新年を迎えたときには日本はすでに深夜の3時を回っていましたので、1227日に部屋にやって来た日本人のルームメイトと静かに2015年の到来を祝福していました。

 

4年ぶりの再会】

今回のルームメイトは僕にとって3人目のルームメイトになります。1人目はコロンビア人のエンジェルス(1ヶ月)、2人目は日本人ののろ君、そして3人目が現在のルームメイトである日本人のおかだ君です。実はおかだ君とは浪人時代予備校でクラスメイトだったのですが、受験が終わった後は一度も会ったことはありませんでした。

 

まだ2人目のルームメイトであったのろ君と生活をしていたとき、彼から今度同じ大学からインドにインターンに来る人がいると聞きました。そのときは大して気にも留めなかったのですが、ある日のろ君のFacebookに見覚えのある人のページが表示されていました。それがおかだ君のページだったわけなのですが、僕がこの人のことを知っていると彼に伝えるとこの人が今度インドに来る人だと言われました。

 

「え…?」

 

浪人が終わってから約4年間会うことのなかった人と、まさかインドで再開することになるとは思っていなかったので非常に驚きました。2人目ののろ君が1227日にアパートを出て日本へ帰国することになっていたので、彼と入れ替わりに3人目のおかだ君が入室して4年ぶりの再会を果たしました。

 

ちなみに僕もおかだ君も関東出身で一浪して関西の大学に来ているわけですが、大学でも一留してインドに来てしまうあたりに同様のメンタリティーを感じざるを得ません(笑)僕は人と違うことをしたいと思って関東から関西を目指したわけですが、その思いというのは今になっても消えずに今度はインドに来てしまいました。

 

【初詣、いや初映画】

ルームメイトの話しがだいぶ長くなりましたね。新年を静かに迎えた後はそのまま静かに就寝しました。そして11日は映画をおかだ君と観に行ってきました。実はインドの映画産業は観客数や制作本数で世界最大でして、ボリウッドとも呼ばれています。ちなみにボリウッドとはムンバイ(旧名ボンベイ)+ハリウッドから生まれた造語です。なぜムンバイが数あるインドの都市名をおしのけて使われているのかというと、映画撮影地にムンバイが選ばれることが圧倒的だからだそうです。

 

インド人にとっての娯楽の代表とも言える映画だけあって、映画制作のサイクルも非常に早いです。映画館の近く置いてあるパンフレットには数多くの映画タイトルが並び、インドとは思えないスピードでそれが更新されていきます。他のこともこれと同じくらいのスピードでやってくれればと思うのですが、そうはいかないのがインドです。

 

その日僕たちは『Night at the Museum』という映画を見ました。夜になると博物館の展示物が動き出し、主人公である博物館の夜間警備員がそれら展示物と協力しながら冒険していく物語でした。映画の中でちょくちょく挟まれるジョークが面白く、真面目なストーリーに花を添えていました。

 

インドの映画には休憩があると聞いていたのですが、本当にありました。映画が始まって30分程度が経過したところで急に画面が止まり、その後15分くらいずっとCMが流れていました。ちなみに『Night at the Museum』はどうやらアメリカの映画でインドで撮影された映画ではありませんでした。純インド映画は3時間にも及ぶ超大作になるそうですが、この映画は1時間30分程度で終わってしまいました。振り返ってみると休憩時間は全く必要ありませんでしたね。

 

アメリカの映画でしたので会話は映画で行われていて英語の字幕がついていました。せっかくインドに来たので、次回映画を観るときはヒンディー語による純インド映画に挑戦しようと考えています。ヒンディー語はまるで理解できないのですが、映像でなんとかストーリーを追っていこうかなと。

 

実は2014年の振り返りを今回のブログでしようと思っていたのですが、年末年始の話題を膨らませ過ぎてしまいました。次回は振り返りをした上で残り2ヶ月弱のインド生活をどう過ごすか、2015年をどう過ごすかについて簡単に言及できればと思います。

 

今年もどうぞよろしくお願いいたします!

では失礼します。

17. 一期一会

 

みなさんなますて。庄山です。

 

先日はクリスマスでしたがどのように過ごされましたか? 過ごし方は人それぞれかと思いますが、僕はインドで人のぬくもりに触れたクリスマスを過ごしました。

 

・日本食レストランで偶然隣に座ってきた63歳のおじちゃんと意気投合して、ビールやナスの味噌田楽、醤油ラーメンをごちそうになったこと。

・部屋のシャワーが使えず日本人向けのお風呂サービスを使おうとしたらそこでもお湯が出ないと言われ諦めかけていたところ、心優しい日本人の方に声をかけていただき部屋のシャワーを貸していただいたこと。

 

近年はクリスマスなんてジャストワンオブ365日の感覚で過ごしていたので、人のぬくもりに触れた素敵なクリスマスになりました。
 

 

さて本日は僕がインドで出会った中国人の話しをしたいと思います。彼とはインドに来て約1ヶ月が経った10月、駅で友人を待っていたときに偶然話しかけられたことがきっかけで出会いました。最初は僕のことを中国人だと思って話しかけたそうです。いきなり知らない中国人から話しかけられて僕も戸惑いましたが、これもいい経験だと思って彼と話すことにしました。ただそのときはお互いに軽く自己紹介をして、Facebookでの連絡先を交換して終わりました。

 

その後彼とFacebookで何度か連絡を取り合っていたのですが、せっかく知り合ったということで一緒にご飯を食べることになりました。よくよく彼のことを聞いてみると実はすごい人だと分かってきました。彼の名前は康彪(Bright – Future:以下、ブライト)といい、中国の名門清華大学に入学するもドロップアウトして起業を目指しているそうです。プログラミングに優れ、中国語と英語はもちろんフランス語を今勉強中でそれをマスターしたら日本語を勉強するつもりだそうです。

 

インドに来ている理由はビジネスの種を見つけるためだそうで、中国からお金を全く持たずにインドに来たそうです。最初はストリートでインド人に声をかけその人の家で何泊かさせてもらい、次に中国人のビジネスマンと交渉してその人の家に潜り込んだそうです。そこではそのビジネスマンの仕事を手伝う代わりに食事などの面倒を見てもらい生活をしてきたそうです。

 

ところでみなさんは中国人に対してどのようなイメージをお持ちでしょうか。テレビや新聞で知る中国人にいい印象を持っている方は少ないのではないでしょうか。マスコミから流れてくる中国の姿は反日デモを行っていたり日章旗を燃やしていたり、日系企業のオフィスに向けてものを投げつけていたりするのでこれでは中国人にいいイメージは抱けないですよね。

 

しかし同時に僕はこれが本当の中国人の姿なのだろうかと疑問に思っていました。日本でも一部政治家がいただけない発言をしたり一部の人が過激なデモが起こしたりしますが、これらが日本の総意でないことは多くの国民が感じていることだと思います。一部の人が行う反中活動だけが切り取られると、さも日本全体が中国を嫌っているかのように受け取られてしまいます。僕は日本にいるとき中国でも同じことが起きていると考えていました。つまり中国の一部の人だけが日本に対して過激な発言や行為を行っているのだと考えていました。

 

このようなことが気になっていたためブライトに思い切って日中関係についてどう思うかと尋ねてみました。すると彼は笑って「The problem is only country level」と答えました。僕はこのとき、中国でも一部の人が過激な反日を表明しているだけでそれが中国の総意でないと強く感じました。それと同時に日本国民や中国国民11人が相互理解を深めていけば、日中関係、それを取り巻くアジアの国々の関係、そして最終的には世界の国々の関係をより良いものにしていけると感じました。
 

 
 

ちなみに上の写真がブライトのでして、彼は聡明かつ感じのいい好青年でプログラミングや語学にも優れており、しかも中国のエリートが集う清華大学をドロップアウトして起業志望という人柄と志の高さに僕は大きな刺激を受けました。インドで様々な人に出会ってきましたが、ブライトとの出会いはインド生活のなかで僕にとって最も衝撃的なものだったのでした。この経験はこれから自分が学ぶことやキャリアを考える際の大きな指標となりそうです。以下、学業キャリアについて考えたことを書いていきますね。

 

まず学業つまり卒業論文についてですが、「日本の外交政策が中国に与える影響に関する一考察」をテーマに研究をしていきたいと考えています。僕が経済学部に入った理由は将来的に社会に出て必ず関わることになる経済活動を勉強したいというものでしたが、経済学のなかでなにかに特化して専門的に勉強はしてきていませんでした。入学してからはミクロ経済やマクロ経済はもちろんマーケティングや会計などを広く浅く勉強していき、そのなかで勉強したいことが出てくればそこに専門性を求めようと考えていました。

 

このような考えでのらりくらりとやってきて気がついたら4回生のこの時期になってしまったのは反省点ですね。しかしブライトとの出会いによって学びたいことが明確になりました。日本の外交政策が中国に与える影響を経済学的に分析してそれに基づいた解決策を提言することで、日本と中国の関係そしてこれからの両国のあるべき姿を考察したいと思います。

 

また将来の仕事についてですが、

 

・海外で働きたい

・日本の国益に貢献したい

 

という思いを明確に持つようになりました。1つ目の海外で働きたいについてですが、日本を出ると他国からやって来た日本とは異なるバックグラウンドを持つ人がいるわけです。そして彼らが母国のため自分の夢のために一生懸命頑張っている姿は非常に刺激的です。当たり前ですが頑張っているのは日本人だけではないのです。ここから得た刺激によって自分もまだまだだと改めて思い直すことができ、再び目標に向けて努力を積み重ねていくことができます。このような環境にとても魅力を感じます。

 

2つ目の日本の国益に貢献したいについてですが、日本のために活動している企業や人が日本を支えることに大きな役割を果たしていると感じました。彼らが外国と経済的な関係を作ることで国と国どうしの良好な関係も構築していると思います。政府の活動を見ている限り政治だけでそれを構築するのは難しいでしょう。この国と国どうしの良好な関係が経済的な利益はもちろん、その他無形の資産として日本の国益につながってくると思います。このような関係を11つ構築していくことがアジアの平和と発展そして世界のそれに貢献することになると思いました。

 

今回はある中国人との偶然の出会いを通じて考えたことを書かせていただきました。予想だにしない出会いは自分の人生に大きく影響を与えることがしばしばあるものです。これからも出会いを大切に生きていこうと思わせてくれた出来事でした。では、ここまでお読みいただき誠にありがとうございました!失礼します。

16. 日本の役割(下)

 

メリークリスマス!庄山です。
うちの会社にはヒンドゥー教やイスラム教、シク教の社員がいて果たして
「キリストが世に来たことを記念する日」であるクリスマスをインド人が祝うのかどうか疑問に思っていたのですが彼らは盛大に祝っておりました。プレゼント交換会やゲームなど業務そっちのけで楽しんでいました。もはやクリスマスを祝うことは世界共通なのでしょうか。

 

さて長きにわたって本シリーズを書いてきましたが今回がラストです。前回のブログではインド人に会社の目標を聞いたところ目標に対する根拠を考えていなかったのか教えてくれず、僕とインド人の考えのすり合わせに苦労した話しを書かせていただきました。今回はその話しを敷衍して日本とインドの比較を行ってみたいと思います。

 

僕はインドである中国人と偶然出会い話す機会があったのですが、彼は「インドは20年前の中国のようだ」と言っていました。中国でも都市部と農村部で格差が非常に大きいですが、インドと中国の都市部どうしを比較した場合やはり中国が先をいっているのでしょう。アジアの経済のハブと言えばシンガポールや香港ですが、ここ最近は上海が力をつけてきておりアジアオフィスの拠点を上海に置く企業も増加しているそうです。

 

では日本とインドを比較した場合を考えたときに、20年前の中国からもう2030年遡った高度経済成長期の日本が今のインドに当たるのではないかと思いました。当時の日本経済は右肩上がりの成長を続けていたため、とにかくモノやサービスを生産すれば売れるような時代でした。つまり深く考えずに会社を経営していても充分にやっていけた時代だったと言えるでしょう。しかしその後、

 

・オイルショック(1973年)

・プラザ合意(1985年)

・バブル崩壊(1991年)

 

などの影響を受け日本全体がその変化に耐えられず失われた20年と呼ばれる時代を経験しました。僕は91年生まれなので、日本の右肩上がりの時代を実際に経験することなく生きてきた世代です。高度経済成長やバブルは書籍やネットで知ることしかできません。そのような経済を今後体験することはできるのでしょうか。

 

さて日本経済停滞の原因の1つは、目的意識なくモノやサービスを生産そして販売することに注力しすぎてしまい時代の変化見過ごしてしまったからではないでしょうか。与えられた仕事に邁進するミクロな視点だけでなく、経営者から会社を見た上で自分の仕事の役割や意義を考えるマクロな視点も持っていることが重要です。

 

インドは最近の経済成長率を見ても波こそあれ56%程度の成長を続けており、貧富の格差など様々な問題を抱えつつも右肩上がりの時代を経験しているところです。しかしだからといって企業規模をただ拡大していくだけでは、次第に時代の変化に対応できなくなり失速していくと考えられます。

 

ここに日本の先進国として世界に果たすべき役割があると思うのです。日本は驚異的な経済成長を遂げ現在でも世界の中で非常に裕福な国だとは思いますが、同時に様々な失敗をしてきましたし多くの問題も抱えています。日本がどのようにして失敗してきたのかを世界に伝え同じ轍を踏ませないようにアシストすることは、日本が世界に対して提供できる価値ではないでしょうか。

 

先日行われた衆議院選挙で安倍首相は「70年代、80年代の日本人ができたのだから今の日本人にでもできるはずだ」と演説されていましたが、これから日本が目指すところは高度経済成長期の日本でしょうか。当時と環境が全く異なることを考えると違和感があります。そうではなく、自分たちの経験を他国に伝えることで同じ失敗を繰り返してしまう国や企業を少なくすることが日本の役割の1つではないかと思います。

 

さて3回にわたって色々と書いてきました。「上」では現政権の政策を、「中」ではインターンでの出来事を、そして「下」ではそれらを踏まえてこれから日本が進むべき道を議論してきました。日本を離れているからこそ見えてくることがあります。日本の中にいれば日本の中で日本を見ることになりますが、日本を離れて日本を見ると世界の国の1つとして日本を見るようになります。

 

今回ブログで書いてきたように、日本を離れているからこその気づきを得られることは海外インターンの1つの醍醐味でもあると思うので、残り2ヶ月のインド生活でさらに新たな視点を得たいと考えています。ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。では失礼します!


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